「いい塩梅な話」を読んで

 

 ダイナ−スクラブの広報誌SIGNATURE(シグネチャ−12月号、44巻10号、平成16年)掲載のHEALTH(健康講座)の記事「いい塩梅な話」を読んで、「頭にきた!」ことを書いておこうと思う。

 「頭にきた!」という表現をつかったのは、2回目である。

 以前毎日新聞に掲載されたS記者の記事に「頭にきた!といっても了解して戴けるのではないか」と「今、疫学を思う」に書いたことがあった。

 今度の記事には・・・

 「しかし、米国の学者K・ダ−ル博士が1960年に、”日本の都道府県別の食塩摂取量と高血圧や脳卒中の頻度を調査したところ、食塩摂取の多い秋田などの東北地方の人びとの発生率が、南日本の人びとの2倍も多いという結果”を発表したことから、”塩分こそ高血圧や脳卒中(脳出血)の元凶である”という信仰が生まれたのです」と書かれていたのである。

 著者は石原結実さんで1948年生まれ長崎大医学部卒とあり、テレビ出演、著書も沢山あると紹介されていたが、私は知らない方である。

 内容が以前の新聞記事と似ているので、この情報がどこから来たものかを知りたいと思った。

 この記事のどこに私が「頭にきた!」と思ったことを書いておこうと思う。

 1960年(昭和35年)というと私が教授になって間もない頃で、東北地方住民の脳卒中・高血圧の予防に取り組んでいた頃で、国内外の研究論文には全て目を通していた頃である。

 私の記憶の中には、当時”米国の学者”がそのような検討をしたことは無かったと思う。 ”K・ダ−ル博士”と書いてあるが、私の推理では”L・K・Dahl先生”のことではないかと思う。当時Dahl先生のことを、日本では”ダ−ル”とか”デ−ル”とか書かれていたからである。

 「Dr.Dahlとのであい」に書いたように、直接先生に会ってその名前の発音を聞いたあと、「カタカナ」で書くとしたら「ド−ル」と書くようにしようと考えたことがあった。

 1960年という年はド−ル先生が高血圧の国際シンポジウムで、自分の動物実験的研究の成果を発表されたとき、弘前大学からの高橋英次先生らが1957年にHuman Biologyに発表した論文を引用・報告したことと関係があると思われる。

 そのことについては私が「日本の塩の先生」といわれたことを推理した時に書いた。

 国際シンポジウムでの先生の演題は”Possible role of salt intake in the development of essential hypertension”ということで、先生の推論を述べるときに参考にされたのは日本からの報告であったと思う。まだ脳卒中の病型別の検討もされず、高血圧の状況も不明の時代であった。

 上記のわれわれの論文の主点は「脳卒中の予防」に書いた「室内温度環境の不備」であった。「ここで同博士が見逃した点は、気温の低いところでは・・・」とあるのは著者の意見であろう。

 「世界一権威のある医学誌(Lancet)」とはほめ言葉であろう。だから論文の内容が権威があるとは学問をやるものはそうは思わない。「ショッキングなまさに画期的な論文が」とあるのは、誰の評価であろうか。

 紹介されていた論文(Lancet,351,781,1998)の目的は「食塩についての勧告には証拠がほとんどない(little evidence)のに、接近・入手(access)したいと考えた著者らの研究」であるからである。その資料・分析方法には色々問題があることは考えられるが、ここではふれない。

 その論文の内容や図表が紹介されているが、その書き方にもどうかと思う点がある。何かつまみぐいをして、都合のよいように書き直したように見える。

 「調査の人数が数百人なら(疑い)も残りますが、20万人以上の調査結果がこうなのですから、文句のつけようもないでしょう」とあったが、20万人にもおよぶ調査は脅かしにはならない。時代は1971-75年のアメリカであり、食塩摂取量平均10グラム程度と考えられていたアメリカ人の話であり、CVDという循環器疾患による死亡も大半は心疾患であるアメリカ人の話である。その中の検討結果である。当時東北地方の日本人の食塩摂取が20グラム以上と考えられ、CVDの内容は脳卒中であった時代で得られた成績を同じレベルで考えることが出来ないのは常識であると思うのだが。

 「この論文を書いたA博士は、世界の先進国で一番食塩摂取の多い日本人が世界最長長寿国であることを思い起こしてみなさいと言われた」と書いてあったが、いつどこでいったのであろうか。1960年当時日本でのCVDの内の脳卒中死亡が国際的にみて、全国でも高く特に東北地方で世界一死亡率が高いのは何故かが問われていたころである。あれから40年東北地方でも急速に改善がみられ、脳卒中の病型にも変化が起こっていることが観察されており、世界の長寿国の仲間内にはなったが。

 最後のところに「塩分=悪の図式は成りたたなくなるのではないでしょうか」と書いてるが今時そう単純に考えている読者はいるのであろうか。情報が即時に伝わる世の中で。

 「野菜は果物(中のカリウム)による利尿作用で、十分に捨てることができれば・・・」と書いているのを読めば、40年以上前に「りんごが食塩過剰摂取の害を打ち消すのではないでしょうか」と、「カリウム説」を述べ、当時の常識に一石を投じ挑戦した時のことを思い出す。

 それにしてもこの11月22日(平成16年)厚生労働省は「2005年度から5年間使用する日本人の食事摂取基準」として「食塩は年令、性別に一日当たり3−10グラム未満に減らすのを目標値とした」と報道されたことを、著者をどう思っているのか聞きたいものである。

 健康講座のむずかしを思うと共に、今学問的に正しいと考えられることを、皆に伝えることが必要と考えるのは、私として昔と今と変わっていない考え方である。都合の良い所だけ勝手にのべることは、評論家の主張になってしまう。自分が世の常識に疑問をもち、自らそれを科学的に証明しようとすることが大事だと考えるのは今も昔も変わっていないと私は考えるので、この雑文をHPにのせたのである。(20041201)

弘前市医師会報,306,64−65,平成18.4.15

青森県医師会報,518,658−659,平成18.7

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