りんご覚書(その5)

 

 学会で口頭発表し、抄録が残り、論文を発表したことは記録に残り、歴史的な証拠となるので、学者は「priority」を確保することにはなるのだろうけれど、それが世の中にどう反映し、世の中を動かすことにはならない。だから「政治家」になり「文筆家」になり世の中を動かそうと思う人も歴史的にはいるようだが、私の場合はどうであっただろうか。

 何故医学教育を受けたのか、医者・医師になり、自分を自然科学者・医学者・そして「疫学者」(epidemiologist)として位置づけた場合、「そんな研究をやった人がいました」ということなのか。ガリレオ・ガレリイについて森鴎外が「汝われを死刑に処すといえども地球は転回す」といったような記憶があるのだが。

 「りんごと健康」「りんごと高血圧」といった場合、前に述べた「りんごが高血圧に効く」という新聞記事が「ひとりあるき」したようだ。

 青森県林檎移出商業協同組合連合会出版の昭和33年度「青森県のりんご」に「食生活と高血圧:リンゴは長寿のもとになるか」の科学随想が掲載された。

 「りんご通信」という小冊子を出していた青森県りんご販売対策協議会というところから原稿の依頼があった。昭和33年11月から5回「食生活と高血圧:長生きのひけつ」を連載した。後にまとめて「りんごは長生きのもと」と小冊子となり、また少し短く書いた「りんごと高血圧」も作られた。それらの内容はそれまでのわれわれの研究を一般向けに解説したものであったが、宣伝につかわれたと思う。 

 昭和36年に東京で第17回日本公衆衛生学会(会長東知事)が開催されたとき教授になってまだ数年しかたっていないのに特別講演をするようにいわれた。副会長の原島進先生また座長の吉岡博人先生が、とくに目をかけて下さったのであろう。演題は「東北地方住民の脳卒中乃至高血圧の予防についての研究」にした。

 内容はそれまでの疫学的研究展開による成果(手がかり)であって、生活改善、とくに食生活の改善によって「予防」の可能性があると考えられ、とくに食生活については、食塩過剰摂取は悪く、りんごの多食は高血圧発生の予防に効果があると考えられることを述べた。

 要は何か単一の要因を考え、それに対する治療的な対策とか、患者として把握される人達のみに対する対策によって解決され得ることはなく、生活全体をながめ、生活の合理化をめざす、いわば健康の村づくり、健康生活への実施の過程として、その対策を考えねばならぬと思われると結んだ。この考え方は「明日の健康をもとめて」と同じで、私のやってきた仕事の基本的な考え方ではなかったかと今思うが、疫学者としてはこれからこの手がかりの裏づけをしなけてばならないと考えていた。

 講演のあと近藤正二先生が歩みよられ「りんごだけ食べれば良いというのではないでしょうね」と念をおされた。

 この時の学会発表の抄録は学会誌に掲載されたが、教室として「講演内容」の小冊子を印刷して配布した。このとき「りんごによる高血圧予防の可能性」という項があったので、われわれの印刷した冊子の別刷りを増刷したいと申し出があって、どれだけの冊数かはつまびらかではないが全国に配布された。

 このように発表があると、とくに「りんごと高血圧」との関係は時代の変化と共に話題になり、それから新聞・雑誌などマスコミに多く取り上げられることになった。

 「Japanese Heart Journal」が刊行されることになり、私に食塩との関係について書くようにいわれた話は「食塩覚書」に書いたが、その中で「りんご」に関し「Na/K比」との関係を少し書いた。それの別刷りをアメリカの国際りんご協会へも贈った。後に同協会から「an apple a day」というパンフレットが出たとき、私の論文を引用していた。引用雑誌として記載はされていたが、内容は間違っていた。即ち「potassium」の項で「Japanese medical research studies have shown that this relationship has contributed significantly to lower heart disease problems in areas where high sodium diets are prevalent.」とあった。われわれがやった脳卒中ではなく、アメリカで多い心臓病になっていた。このときのパンフの表紙の写真がよかったので後日「解説現代健康句」を津軽書房から刊行したときの本の表紙に使わせて戴いた。

 クイズ番組のはしりともいうべき「面白ゼミナ−ル」(昭58.NHK)の中で「りんご」がテ−マのとき、私に「レクチャ−」をするようにいわれた。カッキリ2分30秒で。このときの裏話とどんなことを喋ったかは前(弘前市医師会報,175.)に書いた。

 新聞・雑誌の記事の内容は出版社あるいは記者の責任であろうが、引用はよく行われていたが、医学的なものは間違いまた間違った解釈であると困るのである。

 大新聞社と思われるA社では「電話取材」でもあとで取材費として小切手を送ってきた。が、ほとんどの記者から何時間喋ろうとなしのつぶてであった。出来るだけそれらしい記事を切り取ってみたこともあった。間違っているときは手紙を出したこともあった。

 A教授がNHKで放送をするからといって引用する「図・表」について了解を求められてきたことがあった。さすが国際的に活躍しておられる方であると感心した。が、ほとんど方々(教授も多かったが)は無断引用であった。

 法律上「著作権」が認められているわが国でも必ずしも尊重されていないようである。私個人の経験からいっても。第一出版から「りんごと健康」また「食塩と健康」を出版したときは、引用した図について外国の出版から許可をもらった。

 G教授が新聞に連載していた記事で私の食塩に関する仕事を図・表も含めて沢山無断引用していた。世の中の食塩についての常識がこれで大分変わったと思われ、なかにはG教授が食塩の大家と思っている方もいたのではないか。同窓のよしみか、彼の場合は好意による引用であったのか。

 健康雑誌がブ−ムになって、多くの雑誌が出るようになった。私の経験でも、昔やった仕事をどこかで読んだゴ−ストライタ−が適当に原稿を書いて「これにサインをしていただければ原稿料を差し上げます」ということもあった。みんなそうだとは思わないがそれ以後雑誌の記事を見る目が変わったことは事実だ。

 T教授が「りんご」に関する本を出版したと広告がでたので、「先生本を出されたそうですね」と前に資料を差し上げたこともあったので、「一冊位頂戴できるかと」期待していたが戴だけなかった。本屋につんである本を買ってみたら、その内容の一部は私が30年も前にやったことの引用であった。ご自分が書いたのかどうか不明ではあるが、こんなこともあろうかと思ったりした。ただ学問が進んで、その理解はどんどん変わるに違いないのだが、現代における医学的にみて正しいと思われる知識を伝えなくてはならないと考えるし、その気持ちから「評論家の功罪」を書き、「解説現代健康句」を書いたのだけれど。

 ごく最近本屋で立ち読みしていたら「創刊2年」という「開花」(11,99)とかいう雑誌の中に、高血圧とカリウムのことで、「佐々木直亮助教授の仕事」が紹介されていたのには驚いた。もっとも昔と違って最近は「カリウム説」が一般的になったことによるのであろうが。

 弘前市市民会館ができてこけらおとしのように昭和40年日本衛生学会を開催したことがあった。3日間予約したが、RABがこの年から「りんご祭り」の企画をもったので、丁度開いていた大講堂をそのために譲った。弘前市でも「りんご祭り」を計画し、「りんご公園」で「りんごミニスピ−チ」を喋ったこともあった。ミスリンゴ達と一緒であった。

 疫学的研究として定年まで「追いかけて追いかけて」の「追跡的疫学研究」のまとめの論文「生活条件と血圧、とくに食塩過剰摂取地域におけるりんご摂取の血圧調節の意義について」(日衛誌,45,914,1990.)を発表したが、ここまでが私が弘前大学でやった研究の最後であった。

 コンピユ−タによって「medline 66-98」で検索したら、「sasaki:13829, N:772949, hirosaki:1541, life:23274, style:19976」のキ−ワ−ドでばっちり一つこの論文が出てきた。

 この時の英語の題名「Life Styles and Blood Pressure」の副題に「The protective effect of apple-eating habits on high blood pressure in a high-salt population」をつけた。「りんごはベネフィットファクタ−、これからはRFよりBFの時代だ」を実証した気持ちがあった。

 昭和58年に木村甚弥りんご顕彰会から表彰を受けたことも書いておかなくてはならない。りんご農薬のダイホルタン被害の調査研究をした時から存じ上げていたりんご試験場長の木村先生を顕彰する会からのものだった。亡くなった波多江久吉さんが推薦して下さったものと思うのだが、医学方面からは初めての賞であった。若干の副賞を戴いたのだが、記念講演を是非といわれた。一生食べるりんごを戴いたほうがよかったとじょうだんまじりにお礼を述べたことを思い出す。

 先日久しぶりに私の名前が新聞紙上に出た。東奥日報(平成11.7.10.)の「青森20世紀の群像」の「ひと・人・ひと」の中であった。「専門の研究を深める一方で、県民の健康増進に尽くした佐々木直亮(1921-・東京都)。脳卒中や高血圧の予防研究を通してリンゴ食の効用を説き、健康食品としてのリンゴの消費拡大にも大きく貢献した」とあった。有り難いことであった。(991031apple5)

(弘前市医師会報,268,76−78,平成11.12.15.)

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