田園作曲家『エドムント・アンゲラー』
上は『おもちゃの交響曲』第一楽章の「グック」。下は『ウルムの牛飼い』第3部。
(モーツァルトイヤーブック1996より転載)
5)アンゲラーの作風についての考察
 世界の音楽史ではまったく無名のエドムント・アンゲラーですが、チロルの音楽史では重要な作曲家です。現存する作品だけでも、7曲のミサ曲(そのうち4曲はシュタムス修道院の蔵書)、5曲のオラトリオ、7曲のジングシュピールやカンタータ、さらに十数曲のリートやアリア、室内楽など、当時のすべての音楽スタイルを網羅するレパートリーを作曲しています。ここでその全てを解説することはできませんが、一例として、ジングシュピール「ウルムの牛飼い」では、5人の歌手と弦楽合奏、2オーボエと2ホルンに加えて、「笛、ウズラ、グック」が加わっています。上記の2つの楽譜からも、アンゲラーが、『おもちゃの交響曲』と『ウルムの牛飼い』でほぼ同じように、「グック」(カッコウ)を使用していることがわかります。また、1790年ころのチロル地方の音楽事情を報告した古文書(チロル州立博物館フェルディナンデウム図書館,蔵書番号Dip.984)によると、「P・エドムントの曲の多くは教会音楽であるが、劇場向けの作品でも成功している。そもそも彼の曲はオリジナリティに富み、自らをきわめてよく表現している。」と報告されています。
 ここで着目点は、『おもちゃの交響曲』がレオポルド・モーツァルトの作とされた重要な根拠が「戯れに満ちた民俗的な楽器への愛着」であったことです。エドムント・アンゲラーもまた、この意味では十分にこの「田園的」な作風です。
ベルヒテスガーデン
郷土博物館
ベルヒテスガーデンの郷土博物館所蔵の木製玩具、現在でもほぼ同じ製品が販売されている。

6)ベルヒテスガーデン〜チロルから全ヨーロッパへ
 シュタムス修道院で発見された、パルセッリ写譜による『おもちゃの交響曲』のタイトル、「Berchtolds-Gaden Musick」は、とても重要な意味を示しています。《ベルヒテスガーデン音楽》は、18世紀の末ごろ好まれた娯楽音楽のひとつのジャンルで、ベルヒテスガーデンの名産品である木製玩具の行商人が、ヨーロッパ全土を回りました。つまり、その販促用の音楽として格好だったのが、この『おもちゃの交響曲』だったと想像出来ます。
 ベルヒテスガーデンは南バイエルンの風光明媚な保養地として有名で、オーストリアと国境を接しており、ザルツブルクからわずかに15kmという距離にあります。ちなみに、「ベルヒテスガーデン」は耳障りがよいことから、英語の「ガーデン=庭」と錯覚しがちですが、ドイツ語では「ベルヒテス公の部屋」という意味です。ベルヒテスガーデンから、エドムント・アンゲラーの生地サンクト・ヨハン(チロル)までは、峠を越えて50〜60km。また、この地域からイタリアへ向かうためには、ブレンナー峠を越えましたが、その峠の起点がインスブルックです。つまり、前述のシュタムス修道院やフィーヒト修道院には、木製玩具の行商人が頻繁に出入りしていたと想像できます。
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