「IT革命」のことなど

 

 「ロ−マ法王がミレニアム(千年紀)のミサで”われわれキリスト教徒は・・・”といっていたとのことですが、教徒でない私も、今国際的に広く通用している・・・という意味で・・・新年のご挨拶を」

 「両手に”金”の長島さんが登場して始まった紅白歌合戦をみました」

 「カウントダウンまで よく予定通り はこんだと 見ました」

 「青森ねぶたの電気が きれたのを 除いては と見たのですが」

 「年末 35年も前の”海外旅行”編を HP に入れていたのでいそがしく」

 「年賀状きて 元旦を 知り」

 「元旦”シナリオ”掲載の1月6日発行の日本医事新報が配達されました」

 「 字数が制限されていたので これでは わが意をくんでもらえないでしょうが」

 「例年のように元旦の全国各紙を 弘前駅に 買いに行きました」

 「蓄えていた スク−プを 各紙一面に掲載 とみました」

 「この17日で 80歳の 大台にのります 両親の年には まだまだですが」

 「このご挨拶が”ゼッコン”にならぬことを 祈りつつ 新年の ご挨拶を 送ります」とは私のHP(ホ−ムペ−ジ)にのせた新年の挨拶の一部だが、あえて再掲させていただいた。

 昨年の流行語大賞に選ばれた中に「IT革命」があった。

 「IT」とは「情報技術」「インフォメ−ション・テクノロジイ」の頭文字をとったものと思われるが、「革命」というと「ク−デタ−」の日本語のイメ−ジがあり、何か力のあるものをうち倒し取って代わるとあり、大文字になればフランス革命を意味するとあったが、「IT」は何をうち倒し取って代わろうというのであろうか。単なる技術の急激な変化なのか。「IT革命」は言葉として流行し、時の首相まで、また新年宴会の挨拶にまで登場する言葉であることはたしかで、2000年に流行した言葉には違いない。

 このかけ声に人々は揺り動かされ、国の大事な予算が簡単にそちらのほうに動くようでこの仕掛け人はほほえんでいることであろう。医師会でも今設備すれば半額補助と聞いたが。

 「情報」も今流行してきたように感ずるが、内容的に考えると人類はじまって以来のことであり、それがことばだけでなく文字となり、本の中の本としてバイブルになったとあった。印刷術が第1の革命で現代の「IT」が第2の革命だともいわれるが、医学の方面からいえばヒポクラテス以来の情報の積み重ねがあるわけで、それが現在まで引き継がれてきたと思う。

 その情報について1962年の国際衛生教育会議へあてたケネデイ大統領のメッセ−ジには「改善された健康水準は個人の知識ある行動にのみ基づくのである。現在の健康知識が世界中に利用されるなら数知れぬ生命が救われ、知られざる災害が避けられるであろう」とあり、またその中に「well informed opinion」があることを「インフォ−ムドという言葉」(日本医事新報,3480,平成3.1.5.)の中に紹介したことがある。

 人が生まれてからの健康の情報が一枚のチップに蓄えられ利用出来る世の中になったとは「生体情報としての血圧値」として昭和61年仙台で開かれた日本公衆衛生学会のシンポで喋ったことだ。「血圧を計ってあなたは高血圧です」というのではなく、「人の健康情報の一つとしての血圧値」をどう考えるかが私のいわば「シナリオ」としての「血圧論」であった。

 ピアソン教授の疫学手法の学習課程概要にも疾病の多要因発生の立場から「いろいろな情報が多ければ多いほど、その評価はむずかしくなる」とのべてはいるが「手続きが正しければ、資料が不充分な場合よりも、十分な資料に基づいて下された結論の方が、より合理的になることが多い」と述べている。(土屋健三郎:疫学入門,医学書院,1968.

 私には「IT」は単に「情報」を伝える(メデイヤ)といっても良いがその「技術」が開拓され進んで、ついこの前までなかなか出来なかったことが出来るようになったにすぎないのだと思うのだけれど。

 いつだったか大分前になるがあるコンピュ−タ会社(日本IBM?だったか)のTVのCMに、おじいさんと娘が並んで歩いて会話をかわすシ−ンがあって「おじいさんいいわね 大学のコンピュ−タにアクセスして 論文が書けて」というのがあった。研究者のはしくれとして、この会話にはすごく抵抗をおぼえた記憶がある。なぜかというとコンピュ−タに入っているのものは、すでに新しいものではなく、論文が孫引きで書けるものと考えているのかと思っているのかと。

 弘前市医師会報に「窓を開ければ アイコンが見えるよ」など大分前(平成8年, 247号)に書いたことがあったが、あれから数年急速に便利になったことはたしかだ。

 毎朝大学まで散歩していって各種新聞に目を通しているのが日課だが、それとは別にコンピュ−タを利用している。全国の新聞も外国のものも見られ、それも毎日分刻みの情報がみられるようになった。先日のアメリカ大統領の選挙のときなど面白かった。たしか湾岸戦争のとき記者のTVカメラが現在おこっていることを放映していて、今までのニュ−スの概念を替えたとピュ−リイッア賞をもらったと記憶があるのだが。

 わが家でもインタ−ネットでみられないことはないが、「光ファイバ−」が入っていないので大学でというわけである。電話代もただだし、留学生などEメ−ルを利用している姿などよく見かける。歩いていけば健康にも良いし、ゴルフやスキ−の予備運動にもなる。

 私などまだ「IT」技術の何万分の一も利用していないと思うけれど、それでも具体的にはHPを作成して数年になった。

 「このHPは将来の電子図書館への納入を考えて作成しています」と書いたのだけれど、国会図書館でこの方面の検討を始めたばかりだから、私の生きている間にはできるかどうか。出来たときには納入を考えてというわけである。

 「衛生の旅」を7巻まで印刷製本して国会図書館にも納入した。今度はHPに弘前市医師会報に連載して戴いた「覚え書き」シリ−ズを中心に「衛生の旅8」を(電子出版2000)とすることができた。以前はそれぞれ車を新しくするくらい費用がかかったが、今度はただ同然である。これなど私にとっては実利的である。

 今や再版はなく古典になりつつある「りんごと健康」「食塩と健康」(第一出版)や津軽書房から出した「解説現代健康句」も、そして「衛生の旅1-7」も、弘大鵬桜会関係の資料も写真入りでHPに入れることができた。

 先日は「上野発夜行列車降りたときから」の昭和29年私が弘前に来たときからの話と35年前の海外旅行編まで入れることができた。

 これでCD-ROMに焼き付けてもせいぜい実費一枚百円にならない位の費用だから、これを皆さんに差し上げてもと思うことがあるが、年金生活者の私にとっては大きなメリットと云わなければならない。私の生涯がこの一枚に入っていると思うと何かはかない気がしないわけではないが。

 それにしても「何故こんなものを残すのか」との批判がいつも身近にあることはたしかだ。図書館にある納入した資料も誰がいつどんな形で見ているのか分からないが、またインタ−ネットの世界はどこでどう見ているのか分からない。

 「あなたは***番目の訪問者です」というソフトは私は意識して付けなかったが、それは前に見たポルノの訪問者の番号がとてつもない番号だったからである。同時に日本円はどんどんながれているのではないかとの思いがある。

 ポルノとかアダルトに規制の動きがあるが、個人的には反対である。昔ラテン語の時間に内容は男と女の物語だからラテン語を勉強したまえとの教師のことばが記憶にあるが、どうしてその映像が出せるかを考えてゆくことが「IT」を進歩させている原動力の気がしてならない。これも医学教育を受けた者としての考えか。純潔教育より正しい性教育をという立場である。

 昨平成12年5月に青森県の「りんごの花を讃えるつどい」でしゃべった「インタ−ネットでりんごと健康を勉強しよう」の効果か、信州のりんご業者がいち早くEメ−ルを送ってきて許可を求めてきた。

 「突然のメール、失礼致します。先生のホームページを毎回、関心させられながら拝見しています。今回、私どものホームページもリニューアルいたしまして、是非、当ホームページの来訪して頂ける方々にも、先生のご紹介をしたくリンク集を設けました。つきましては一方向(私どもからの)リンクで結構ですので、是非、先生のサイトのご紹介をさせて頂きたく存じます。何か、不都合がございましたら、事務局まで、ご一報頂下さい」とあった。早速「公開の原則で作成していますので、リンク結構です」と返事した。「佐々木教授のHPを訪れて下さい りんごの知識が深まります」とリンク出来るようにしていた。

 ドイツのベルリンからも

「はじめまして。たまたまGoogleで酸カ湯を検索したところ、先生のページに行き当たりました。私も、親からの遺伝でというか、高血圧で、昨年の夏から降圧剤を服用するようになりました。もう少し早く先生のお話を知って、リンゴを沢山食べていたら、多少なりとも進行を遅らせることができたかと先立たぬ後悔をしております。私も50歳で、インターネット人口の中では殆ど最高齢層ですが、先生のページを見て、私の父親ほどの世代の先生がインターネットで積極的に発信を続けられているのに感動しました」とあった。

すこしは役にたったかなと思う今日この頃である。

 今日の日経(1.13)を見ていたら、わが同窓の小学校(慶應義塾幼稚舎)でも情報教育として一人一台でやっているという。

 私のHPは(http://133.60.231.250/`sasakin)だが、”直亮”で検索すると出てくる。ちなみに”直亮”の”なお”はマラソン優勝の高橋尚子の”尚”ではなく”直”で、”すけ”は柔道優勝の田村亮子の”亮”である。検索ソフトも日々便利になっているようだ。「www.yahoo.co.jp」「www.goo.ne.jp」「search.navi.ocn.ne.jp」でも良い。(20010115)

(弘前市医師会報,275,93−95,平成13.2.15.)

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