久米の清ちゃん

 

 アメリカに住んでいる久米の清(せい)ちゃんから衛生の旅 Part 4 が届いたと返事がきた。

 クリスマスの頃に着くとよいと思って船便で送ったのに、今度も航空便でいったらしい。大ざっぱといおうかアメリカも随分近くなったものである。それも国内より早く着き、早く返事がくる。

 サクラメントにて 1986−9

 清ちゃんといっても兄と半月違いで今年75歳になったはずだ。父方の唯一人の従兄弟であり、本名は清治(せいじ)だが、いまだに清(せい)ちゃんである。私の兄は正(せい)ちゃんと、私は直(なお)ちゃんとよばれる。

 履歴書的には詳しくは知らないが、東京帝国大学農学部獣医実科卒の獣医で、研究のテ−マは犬の糸状虫症のフィラリアで、大学の恩師の板垣四郎先生のことはよく聞かされた。

 「師は逝きて 拓きし道を 今日も亦」

とよみ、この道ひとすじに研究を重ね、農学博士・医学博士のほか数々の賞をもらい、アメリカの犬糸状虫学会の名誉会員に選らばれた。それも第1号とかいっていた。

 ジョ−クの作家ともいえる長男の義父山下廣蔵氏なら「これもまたひとすじですね」と言われることだろう。「これもまた」というのは、弘前のアップル・ロ−ドを一緒にドライブしたとき、「リンゴ一筋」の私の仕事とひっかけて「ひとすじ」と書いていたからである。

 そんな彼が昭和53年に東京農工大学教授として定年を迎えて

 「暮れなづむ 過ぎにし道の 花の雲」

とよみ、あっさりと学問をやめ、アメリカへ渡ってしまった。

 今度叙勲になったお祝いを書いてやったのだが、返事にはその点には全くふれていなかった。戦時中の数々のあまりよくない思い出が日本脱出を考えさせたのかと思うのである。

 日本の新聞もよくみていて、中曽根首相の失言が朝日新聞に大きく報じられて居ることを以前書いてきたことがあった。

 知識水準を Level of Intelligence と英訳されたことに誤解の原因があるのではないか、Level of Literacy とか Education と英訳されれば問題にならなっかたのに。首相の陳謝は兎も角として日本の外交関係者が何故英訳が不適であったことに気づきその説明をしなかったかが不思議に思いました。アメリカの二世で戦時中日本にきた人も、日本では気づくのが遅かったのか、或は気づいていてもそれをしない(厄介なことは避ける)のが何処の国の官僚でも普通でしょうと言っていた話も書いていた。

 前に私が衛生の旅にアメリカのことについて「これをそのまま受け取らないで、このような例があることを理解してもらいたい」と書いたことに、矢張り Scientist だなと感じ、「小生も10年近くこの国に住んでも(自分の知る範囲では)の断りなしではアメリカもアメリカ人も語れませんと言っていた。

 

 「この道の 先は何処(いづこ)か 春霞」

は退官に当って今後の研究がどの様に進展して行くかを想って詠んだ彼の心境であったが、後継の教授が次々と新しい展開をしてくれることを喜んでいた。

 あっさりと研究から遠ざかったことについて、自分は研究をつづけていなくてよかった、ともいっていた。学会に出る度にそう思うと。

 自然科学の学問は次から次へ展開されていくものであろうから、その時は素晴らしい成果といわれても、次々と追い抜かれていく。山の頂上に登れば、また次の山がみえてくるものと思うし、これを見抜いての考えであったのか。

 直ちゃんは退官後も(保健文化賞授賞のあと参内したときの)天皇陛下のお言葉に応え「悠々自適」というわけにはいかないと書いたことには敬服しますとはいってきたが。

 「この点でも小生の方が伯父上(40何歳かで会社(三井物産)をあっさりやめてしまった)に似て居るのか、佐々木と久米の相乗になるのか分かりませんが、総て後進に期待して生きています」ともいっていた。

 獣医学出身であるので、親子のことも、親戚の関係も、遺伝学的に、人間の男と女の恋愛も、すべて♂と♀の関係で理解し、説明してくれた。

 私の退官記念講演の写真は退官する教授の立派さであり、佐々木Michelanngero?の顔は小生にも半分共通(半分は久米)で親近(近親)さを感じますと書いてきた。(突如 ミケランジェロ が出て来る理由についてはいつか説明しなければならないが)

 「あっという間の30年の在学生の感謝状は印象的です。直ちゃんが学生に与えた感銘と共にジョン・スノ−の井戸前の情景描写には感激しました。小生もこれに似た情景を夢想しました。

 犬のフィラリヤは元々日本にあったものではなく、渡来したものと考えて居ます。大陸・朝鮮半島経由でなく南蛮船で運ばれたものと想像します。出港のPortugalか地中海の港か(オランダ等アルプス以北には存在しない)寄港地からか不明ですが、沖縄・台湾・Phillippinesには近年まで皆無かそれに近い状態でしたからもっと西の地域と思います。確認は不可能と思いますが、綿密な調査の結論として最も可能性の高いフィラリア寄生虫出港の場所が特定出来れば(あゝ此処が一生をかけた研究の源の地か!)と訪れたく思いましたが、その余裕はありません」と。

 「誰が書いたか忘れましたが,“60は年毎、70は月毎、80は日毎、90は刻々に老いる”とありましたが---」と今度も書いてきた。

 近くに住んでいた木下良順先生が脳卒中にかかったあと、あのたっしゃだった英語を全く忘れてしまって、アメリカ人の奥さんとの仲で大変苦労したことを見聞きしたせいか、いつかは日本へ帰るチャンスを考えてもいるようである。

 「満開の桜」拝読。伯父上伯母上を回想しました。伯母上を最後に小生の両親と同時代の人の総てが世を去りました。佐々木伯母上がその時代の終わりと云う点で特に印象強く、

 「 伯母上も 逝き給ひしか 雲白し」

が御逝去の訃報に接した時の感懐でありましたとあった。

 清ちゃんはいつまでも雲を思う人のようで、ロマンにあふれている。

血のつながった人というより、私とDNAになにか共通な点があるようだ。

 天性の犬好きで、犬もそのことがよくわかるらしく、どの土地の見知らぬ犬もすぐよくなつくと奥さんがいっていた。 犬好きの彼が犬に関する研究ができたのだから良き人生を送ったと思う。

 暖かいサクラメントで毎夕約1時間開襟シャツ1枚で6kmあるいているそうだ。

 11月第4木曜の Thanksgiving day が終ると早くもクリスマス気分で、気の早い家では軒先を色とりどりの豆電球で飾り点滅させています。小生らは当地で10回目のXマスと正月を迎えることになります。

 “光陰矢の如し”を痛感しますと書いてきた。(63・12・6)

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