衛生学教室のアルバムから(その3)

 

 写真1 南塘グランド大洪水 昭33.9.19.

 前から降っていた雨が18日も止まず、岩木川の上流の堤がやぶれて、たちまちにして南塘グランドに水が増し、写真のようになった。

 人寮、乳児院、そして近くにあった入野田教授の官舎も共に水浸しになった。

 このとき人寮で自主研修していた四人組(特に名前をふせる)がいたため、階下の物を二階にあげて被害を少なくすることができたという。大切なラブレタ−を流した人がいたとか。

 弘前城がつくられた頃の戦術通りに、洪水になったとのことだった。

 

写真2 医学部大講堂 昭34.5.15. 

 6階の附属病院新病棟が完成したこともあって、弘前大学創立10周年の記念式典が、医学部大講堂で行われた。

 写真2は、野村学長、入野田院長の式辞のあと、当時の山崎知事が大熱弁をふるっているときのものである。

 この大講堂は、新入生の歓迎会や、送別会、演劇などに思い出のあるものだが、公衆衛生学講座の新設を迎えた医学部構内が手狭になったこともあって、このあと模様がえされた。

 

 写真3 卒業生を送る会 大講堂 昭34.2.20.

 新入生歓迎会ではない。当時4年生の田村、下山、田中、鈴木、都谷森、高橋の諸君で、うしろにはビュ−テイ−スがすわっていた。

 2年生のハワイヤンバンド、3年生のオルケステイヤ・アリトミカに送られるカクテルパ−テイであった。

 

 写真4 医学部基礎玄関前 昭34.5.28.

 旧朝陽小、旧医学部基礎玄関前である。

 5月29日から6月2日まで開かれた医学祭のかざりつけをしているところで、日野、鈴木、尾形、一柳君らの顔がみえている。

 このほか教室のアルバムには医学祭でのスナップが百枚位あり、佐藤珠子さんの着物姿のお茶の会、解剖の骨の前には外崎、体力測定に神、胃腸には佐藤(巳)、油川、寄生虫には千葉、癌のところには西川、トラコ−マ高橋等の諸兄が写っている。現在の活躍ぶりとあわせて考えると面白い。

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