「北灯」のこと

 「北灯」とは今はなき青森県立青森高等看護学院公衆衛生看護学部の、卒業のとき学生の作った文集の名前である。

勉学1か年の短い期間である彼女たちが、自治会のなかに編集委員会をつくって作成していた。

「北灯」とは「北に灯をともす」と毎号巻頭にかかれている「詩」のはじめにある言葉に由来しているようである。

昭和27年に看護婦保健婦養成の機関として青森県立高等看護学院が発足したとあったが、昭和39年保健婦過程1か年コ−スになって新しいカリキュラムの関係か非常勤講師の依頼があった。私は丁度在外研究から帰国したあとで忙しかったが、保健婦の教育は大事だと思ったので引き受けた。昭和42年から非常勤の講師として弘前から青森までかよった。今は青森県立保健大学へ発展的閉校になった。

青森県内の保健婦さんとのつながりは「ふりかえり前にすすむために」や「派遣保健婦の文集」に書いたように昭和29年弘前大学へ赴任して以来のことだが、研修会によばれたり、医学生と一緒の県内での保健活動をはじめたりしていた。

「北灯」には学院長とか保健所長や講師の先生方の寄稿のほか、学生の企画による文集が紙面をかざっている。

一年ごとに毎号の編集委員が変わるわけだから、実際は教務主任の熱心な指導があったものと推察するが、毎年卒業の時期になると、「北灯」を戴いた。手元に第2号から第27号まである。

専任教員とか教務主任とかいっていたが、津島律、吉田美代、木村スサ、盛田弘子、一町田知子、山本春江、坪捷江、斉藤千尋、鶴賀和子、浅利春江らのなつかしい名前がみられる。

学院長は初めは衛生部長の跡部先生であった。跡部部長のあと、佐藤義臣(県病副院長)、中村豊弥(国立弘前病院長)、次長神文治と続いたが、また県の部長の持ち回りポストであったようで、近藤健文、伊藤雅治、大高道也、増田和茂とつづき、それぞれ巻頭に寄稿されている。

非常勤講師の、保健所関係、県の衛生部関係、弘大関係の方々の寄稿もあり、山上豊日、秋山有、花田ミキ、石崎宣雄、佐々木直亮、武田壌寿、手代木渉、蓮沼正男、津内口恵子、鈴木治子、川村良一、岡田トシ、松原邦明、仁平將、片桐清一、下田敦子、品川信良、成田昌弘、笹村二郎、坂田清美、増田進、大和田猛、山田恵子、山崎トシ、村田明子、神田健策、中原ナカ子、鈴木康弘らの名前がみられる。

編集は毎号委員が変わるので、それぞれ知恵をしぼった後がみられる。

初めは研究発表の記事が掲載されていたが、研究発表会などやるようになったせいか、それは別にゆずり、何回生といったクラス中心の記事になっている。毎日の日記、クラスの歴史、行事、各人紹介、随想、出会い、あの日あの時、などなど。写真のコピ−がのるようになったのは昭和52年頃からのようである。最後によせがき、住所録をつけて。

その他、保健所や養教へ就職した先輩からの記事、教師の横顔、プロフィ−ル、似顔絵などが見られる。

先生方へのアンケ−トとかプロフィ−ルとか日記もあって、一つ一つ記憶にある記事も多いが、ここでは「私」に関するところだけ抜き書きすることにする。学生からみた「私」をうかがう意味において、当時受け持った講義の名前とともに。

2号(昭42) 社会統計

アメリカ仕込みのジェスチャ−、ロイドメガネでおなじみのおしゃれも堂々たるもの。

諸君、衛生統計のみならず?も聞いてみてはいかが・・・

 

3号 「ひとことふたこと」寄稿

教師の横顔 社会統計 佐々木先生

運動神経の著しい発達により言語より先に、動作が出現。いつの間にやら我々も・・・。対話法を駆使する講義と洞察力は素晴らしい。そのもつ内容に触れ得たら、得るものは多かろう。

 

4号 社会統計

外国じこみのマナ−もよろしくダンデイな彼 恋愛も国際的だったとか?

パリ、ニュ−ヨ−ク、ロンドン世界の繁華街をまたにかけてあるいたとか。

小粒ながらスケ−ルは大。

 

5号(昭45) 社会統計

Dr直亮登場! 素直な気持ちで紹介するには統計上の弊害があると思われるので、クラスの総意をのべる。これは弁解か? 彼は非常なフェミニストではないだろか。しかし反面女性に強烈な皮肉で応酬するときもあるので解釈にこまる。女性のデリカシ−等は、すでに研究ずみなのに、時として平然と傷つける。又、大変洋服のセンスがよいとのこと。女子ばかりだとずいぶん細かな事をいうものです。それは別としても、彼には、大変面白い癖があります。身をよじるようにして、髪をかきあげることです。みなさん、よくご存知ですね。これが私の知っているDr直亮です。いつまでも私たちのよきアドバイザ−として適切な助言をしてくださいますように。

 

6号 アンケ−ト

1.出生地:東京都港区三田二丁目一番地

2.自分自身のPR:Prof. Sasakiは今やHypertension とSaltとの関係において国際的に有名になりました。世界のどこかにいかれたとき、Prof.N.Sasaki、Univ.Hirosaki、Japanで手紙を下さい。返事を差し上げます。

3.初恋は・・・:おん年3才だったかな。隣の女の子が好きになりました。それ以来、美しい人にあうごとに(顔だけではありません)恋をしています。

4.青年にひと言:独立自尊

5.もしもあなたが、ロビンソン・クル−ソ−だったら:名作を読み返してから答えをしたいと思いますが、今はそのひまがありません。

 

8号(昭48) 疫学 

短い一年間に、演習、実習にここぞとばかり愛のムチをふりつづけ、”素晴らしい保健婦になるように””素晴らしい養教になるように”いつも蔭から、いや表から応援して下さいました。時にはタジタジになった私達に試練の道を教えて下さいました。

 

9号(昭49)あしあと:6.25(月)保健統計

佐々木先生。黄色いクシで大切なオグシのお手入れ。一種特有のすばらしきお声。

 

10号(昭50) あしあと:4.22(月)疫学・佐々木教授はじまる。

世界的に有名な”アタリ”の先生。先生の講義が受けられるなんて身にあまる光栄です。自然に”こうべ”もたれてきます。

 

11号 クラスの日記:4.21(月)佐々木先生(疫学)

常におだやかな口調、パラリと垂れた前髪を耳にかけ、おもむろに取り出す懐中時計。10年前も10年後もかくやと御推察申しております。

 

12号 よこがお 佐々木先生(疫学・保健統計)

「我等30人のために我々より早く学校に到着。髪をかきあげ、おだやかな口調でジェスチャ−入りの名講義。笑顔のやさしいすてきな先生です。

 

13号 ていちゃ−ず ぷろふぃ−る 佐々木先生(疫学・保健統計)

「黒いカバンをかかえ、常にほとばしる名句。”エピデミオロジ−・・・””サ−ベイランス・・・”私たちを見透かしたような笑みと、”もう目はさめたかい”と優しい言葉。寝てもさめても追跡調査。

 

14号 寄稿「男と女

汚点・美点・笑点 佐々木先生(疫学・保健統計)

時々、お疲れにもかかわらず、東京から夜行で帰り講義して下さった先生。私達頑張ります。”高血圧撲滅!!”

 

16号(昭和55年度卒業) 先生からあなたへ 佐々木直亮先生−疫学−

1)音楽(クラシック、ジャズ、以前はドイツリ−ド。最近はカラオケ人種。スポ−ツ(夏はゴルフ、冬はスキ−)

2)いつまでも心も体も若く! これからあと五、六十年(平均余命)をくいのないように。

(下がったズボンをあげる腰つき”セクシ−”) 

 

19号(昭和58年度卒業) 私の女性観 佐々木直亮先生−疫学・保健統計−

生れ育った家では、女は母だけだった。小学校から大学まで男だけの生活だったので、女については”母”のイメ−ジが強い。海軍でも”女はのせないいくさぶね”だったが、それでもMMK(モテテ・モテテ・コマル)という言葉には実感があった。今はわが家では女は妻だけだ。男も女も人として同じだが、女は”自分の”子を生めるとは、強い存在だと思う。

(男性の女性観には、多かれ少なかれ”母”の影響があるのでしょうか?)

 

21号 お世話になった先生方のプロフィ−ル 佐々木先生(疫学)

長年の研究には、みんなが尊敬のまなざし。趣味と実益を兼ねた写真、そして(しちう)、どことなく愛くるしいな。

23号 先生方のプロフィ−ル

”いつかどこかで、これをよんだら”私のことを思い出してくれたまえ。疫学・保健統計・脳卒中・高血圧、そして塩・たばこ・りんごがキ−ワ−ドだ。

(食塩と高血圧の研究で、非常に著名な先生。上品な仕草は、さすが、慶應ボ−イと感心しました。)

24号 先生方のプロフィ−ル

ベネフィットファクタ−、これが今年の新語です。疫学辞典にはありませんが、私がこの言葉をつくりました。リスクファクタ−よりベネフィットファクタ−を求めて、これが保健の目標となるでしょう。

(世界的に有名な先生の授業を受けることができた私達は幸せものです。)

25号 先生方のプロフィ−ル 佐々木先生(疫学) 似顔絵あり

「時間よ止まれ」は横断的。「追いかけて、追いかけて雪国」は縦断的疫学。塩は「リスク・ファクタ−」、りんは私が創った言葉の「ベネフィット・ファクタ−」、「ある日、何かでこれを読んだら」私のことを思い出してくれたまえ。

(疫学を学ぶ際に、直亮先生はベネフィットファクタ−、そして私達の頭はリスクファクタ−。)

 

26号 先生方のプロフィ−ル 佐々木先生(特別講義) 似顔絵あり。

衛生の旅」の本が、右開きなのか、左開きなのか、おぼえていますか。そして”ハイジェイア”の女神の像をみたことを。

(あのビデオの女神像、外国のステキな女性の数々。私も先生に写真を撮って欲しかった。)

 

27号(平成4) 先生方からのメッセ−ジ 佐々木先生(特別講義) 似顔絵あり。

「フランクリン・山口百恵、そして教授の誕生日」といわれたが、「1月17日」に、「湾岸戦争」が加わりました。「雪国」で「追いかけて、追いかけて」やった「疫学的研究」で、「リンゴと健康」「食塩と健康」をまとめることができました。「いい日旅立ち」の皆さんに贈りたい思います。

(旅行のビデオも印象的でしたが、私は面白ゼミナ−ルの先生が好きでした。一緒に出演して、りんごについて語りたかったです)

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