一寸前はどうだったの(オタク老人のひとりごと40)

 

 「リハビリ」「リハビリ」と規則変更にともなう問題に議論が展開されている。

 質問をしている方が生まれ育った頃、「リハビリ」、そのもとになった「リハビリテ−ション」という言葉が、日本にあったのかなと思う。

 昭和36年11月、渡辺定先生が始められた「寿命学研究会」が主催して日本医師会館で「脳卒中の予防、治療およびリハビリテ−ションのシンポジウム」が開催されたのが、はじめてではなかったと思う。その後「リハビリテ−ション学会」が誕生した。

 渡辺先生は「火をつけた」といっておられた。私はそのとき「予防」を喋ったことも鮮明に記憶がある。

 そして今「リハビリ」「リハビリ」で通用するようになったとは。

 免疫学で有名なT先生が車椅子で陳情されている姿を拝見したのは、いたいたしい思いがあったが、先生にとっては「予防」のことは「専門外」のことであったのか。

 「今日本の医療を問う」とかいう番組が放映されていた。

 「医師が足りない!」がテ−マであったようだが、先日の弘大医卒の同窓会によばれた時の記念講演で話を聞いたH君も出ていた。青森県がその代表のような話題もあった。

 色々のアンケ−トもあって今の人たちの考えがわかってそれなりに興味をおぼえたが、 「一寸前はどうだったの?」との思いがあったのが私の印象であった。

 「明日の健康を求めて!」をまとめた時を思い出す。

 青森に「医師」がひとりもいなくて、・・・・は極端な表現かもしれないが・・・そんな状態であったのではなかったのか・・・・それは一寸前ではなかったのか。

 戦後60年といわれるが、よくもここまできたもんだとの思いが強い。(20061018)

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