いのちをまもる(オタク老人のひとりごと6)

 

 「衛生」の「衛」は「まもる」で、「衛生」を文字どおり読めば「いのちをまもる」である。

 「近衛兵」(このえへい)というと、軍隊のあった頃のことを思い出すが、「大君」を近くでまもる兵であった。

 1月17日は「阪神淡路大震災」で記憶に残る日になったが、はや11年を迎える。

 今朝のラジオで「いのちをまもる」をテ−マにやっていた。

 地震のあった数日あと丁度学会が大阪であって、日本海で朝早く7時頃大阪入りをしたときのことを思い出す。

 まだあたりが暗かった。神戸で午前5時46分に地震があったときはまだ真っ暗で、それから明るくなるまでの1時間、災害にあった方々はどのようにしていたのかと考えていた自分を思い出すのである。

 自然災害の情報をいち早く伝達することは、「公共放送」に課せられた仕事であろう。

 今朝のラジオでもNHKだけでなく、各民間放送局同士がみな連絡しあってやっていた。

 NHKの深夜放送を聞いていると、「地震」情報が飛び込んできて、「つなみ」の危険はありませんといっている。東京からの場合には深夜放送は中断されるが、東北では仙台、つづいて青森と耳に深夜放送はとぎれる。普段民間ではどのように取り扱っているか聞いていないのでわからない。「公共放送」と受信料と絡まる問題であるが、今後検討されることになるのであろう。

 いのちをまもるに必要なものについて、災害にあった方々へのアンケ−トによる必要にした物についての放送があった。たしかに避難生活に必要なものについて、なるほどと思い当たるものもあったが、ひとことでいうと「贅沢な生活」になれ、それを再現するために必要なものに思われてならない。

 衛生学を学び・講義してきた身にとってみると、「空気」「保温」「水」・・・がまず頭に浮かぶ。

 今話題の耐震構造が地震の時に問題にはなると思うが、震度が高まれば危険なことにはかわりない。そのとき問題になるのは、寝室などの構造であろう。入院中考えた「カプセル」なら普通の地震なら生命の安全は確保されると思うのだが。

 そんなことを考えてみたら、今日1月17日は私にとっても記憶にのこる日である。

「フランクリン・山口百恵そして教授の誕生日」と書いたことがあった。先日医師会の講演会でお会いしたO先生も同じ日だとか。

 満85歳になった。

年末高齢者講習を受けたので、あと3年の運転免許状を受け取りに行こうと思う。あまり運転はしないが、もっていた方が便利だ位の考えである。(20060117)

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