あとがき

 

 弘前大学医学部へ研究生活が移った昭和29年(1954年)当時は,日本で問題になってきていた「脳縊血」の予防については全く考えられておらず,また多分その疾患の基礎にあるのではないかと考えられていた「高血圧」の成因についても種々論議されている時代であった。

 われわれは日本の東北地方の人々についての脳血管疾患についての予防を目標に「疫学的」に接近して研究を開始し,地域の人々について血圧を測定しその結果にもとずいて人々の血圧をどのように考えたらよいかについて「血圧論」をもった。

 また脳血管疾患とその基礎にあると考えられた血圧が高血圧の状態にあることは個人として本来もっているものと生活諸条件に関連があり,その要因として食生活の食塩多量摂取に疾病発生の意義があり,りんご摂取にはその予防的意義があると考えられるような成果を得たので,脳血管疾患あるいは高血圧の予防の可能性があることを述べた。

 その研究のいきさつや結果については「りんごと健康」の中で詳しく述べた。

 この「食塩と健康」の本の中では問題として考えられるようになった「食塩」について,地球上に住む人々がどのように塩とかかわりをもつようになったか,食生活に取り入れた食塩と健康との関わりについてどのように考えられてきたか,また現在食塩摂取についてはどのように考えられているかについて述べた。

 

 われわれが研究をはじめてぶつかった「壁」は、「食塩は人々にとって必要なもので日本人が一般に毎日10グラム以上摂取していることを生活にあった合理的なものである」という思想,またその理論づけに今から約120年も前の「塩を食物に付け加えることが必要かどうか検討した」一学者の見解を多くの日本の学者が引用し教育の中に展開したことだった。

 ところがすでに数千年前の人間の記録「黄帝内経」の中に「塩を食べ過ぎては健康に害がること」については書かれており,さらに科学的学問が積み重ねられて塩は塩化ナトリウムとしてわれわれ人間の内部環境としての体液の重要成分であることがを分かり,重要成分ではあるがしかし殆ど入手しにくかったナトリウムを体内に正常に保持するための機構が人間にそなわっているのではないかということも判明した。

 しかし昔は極めて貴重品であったと考えられる塩もわれわれが容易に多量に入手できるようになると,その塩のもつ特性とししての「防腐作用」によって食物の保存に役立つことにもなり,また塩のもつ「味」が人間の好みになってきた。さらに食物に付け加える食塩は合理的であるとする学問が人々の食塩摂取に対する疾病の発生につての意義に目をつぶらせることになったのではないだろうか。

 血圧が測定されるようになり高血圧が認識され,欧米では循環器疾患としての心臓疾患に,日本では脳血管疾患との関連が考えられるようになった。

 日本の特に東北地方の住民が若いときから脳血管疾患が多発し高血圧状態にあることとかまた国際的にみてもあまりにも多量に食塩を摂取していることを示した資料は改めて食塩多量摂取の疾病論的意義を考えさせることになったと思われる。

 一方数千年来食塩のない文化の中で元気で生活している人々について高血圧がないとか塩類のバランスがうまくとれているという科学的実態調査の結果が明らかにされた。

 さらにまた悪性新生物の一つの胃癌の成因にも食塩が関連しているのではないかとの科学的証拠が明らかにされて来た。

 

 今改めて食塩と健康とのつながりについて考え直す時代が来たと考えられる。

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