1 世界最古の文献

 

 現存する中国医学書の中の最古のものといわれる「黄帝内経」(こうていだいけい)の中に食塩に関する記述があるが、食塩と健康についての世界最古の文献と考えられる。

 

 「水の代表である海や鹹湖(かんこ)からは塩がとれて、鹹味(からみ)をもっています。

 しおからい鹹味の食物は、人体内では腎臓を営養します。」1)

 

 「五入といって、五味の物が親和性をもって入る臓はきまっているものである。

 酸の物は肝、苦の物は心、甘の物は脾、辛の物は肺、鹹の物は腎に入るものである。」2)

 

 「黄帝が少兪に問うて言われる。

 飲食物は口から消化器官に入ってそこで消化吸収され、酸・苦・甘・辛・鹹の五味はそれぞれの好む臓腑に入るのであるが、この五味を偏食することによって病を発することがある。

 黄帝が言われる。

 鹹味のものは血に親和性をもっていて、これを多食すると口渇をおこすという理由はどうか?

 小兪が言う。

 鹹味のものが胃に入りますと、鹹の気はのぼって中焦に行き血脈にそそぎます。血脈には血が流れていますから、この血は鹹の気にあいますとこごってきます。こごると流れが悪くなります。それを防ぐためにに水殻海の胃から液がそそがれます。そうするとこんどは胃中の水が欠乏してきます。胃の中の水が欠乏すると、食道が枯れてきます。故に舌の根本が乾いて、水を飲みたくなるのです。」3)

 「黄帝が問うて言われる。

 医者が病を治療しているのを見ると、同一だと思われる病に対しても、患者によって治療法が異なっているように思われるのに、それぞれ治っているのはどういうわけだろうか?

 岐伯が答えて言う。

 それは、各地で別個にそれぞれの環境に適応した医術が発達したからであります。

 東方の国は、海の果てから日が昇るところであります。そこは、魚や塩の産地ですから海岸でありまして、青い海に面しております。そこの住民は魚や塩を好んで食べ、塩風が吹きつける海岸の低地帯に安住して、このような食べ物に満足しております。もともと、魚は人体内に熱気を生じる傾向をもった食べ物であります。その上、塩をとりすぎますと、血が粘稠になって流れが悪くなるものであります。結局、塩分の摂取過剰で顔色は黒く、皮膚のきめも粗いので、ここの人々には癰瘍(ようよう)のようなオデキが多いのであります。」4)    

 

 「鹹味のものを食べ過ぎると、血が粘調となって脈行が渋り、顔色が光沢を失ってくる」5)

 

 これらは中国の医学の概念による「食塩と健康」に関する記述の一部であるが、今日までに西洋医学の中で科学的に積み重ねられてきた見解によってみると、当時の観察が極めてまとをえたものといわざるをえない。

 すなわち、食塩と腎臓とのかかわり、血液とのかかわり、脈とのかかわり、口渇とのかかわり、そして食塩の過剰摂取の害の指摘、すべて現在に通じる観察である。

 

 この文献をみたとき「食塩と健康」については、すでに数千年前に食塩の過剰摂取について害があることなどは観察・指摘されていたのであって、われわれが食塩過剰摂取の害を疫学的研究によって指摘したことは新しい発見をしたのではなく、その理由について、現代科学によって如何に論理的になっとくいくように説明できるかということであると考えたのであった。

 

 この中国医学における記述は西洋医学の中で書かれた「高血圧の古典」(Classics in Arterial Hypertension)の本の中で、食塩と脈に関する古い観察として紹介されている。

 すなわち中国の黄帝(Yellow Emperor (2698-2598 B.C.))への答えとして”Hence if too much salt is used in food, the pulse hardens"(だからもし食餌の中に食塩が多すぎるくらいに用いられると、脈は硬くなる)と翻訳されている6)。

 

 すでに数千年も前に「食塩と健康」との関係は人々の認識の中にあったのである。 

文献

1)小曽戸丈夫,浜田善利:意釈黄帝内経運気.p.20(五運行大論篇第六十七) , 築地書館,東京,1973.

2)小曽戸丈夫,浜田善利:意釈黄帝内経素問.p.107(宣明五気篇第二十三),  築地書館,東京,1971.

3)小曽戸丈夫,浜田善利:意釈黄帝内経霊枢.p.209(五味論篇第六十 三),  築地書館,東京,1972.

4)小曽戸丈夫,浜田善利:意釈黄帝内経素問.p.57(異法方宜論篇第十二), 築地書館,東京,1971.

5)小曽戸丈夫,浜田善利:意釈黄帝内経素問.p.51(五臓生成篇第十),  築地書館,東京,1971.

6)Ruskin,A.: Classics in Arterial Hypertension.(Introdction p.13), Charles C Thomas・Publisher, Springfield, Illinois, U.S.A., 1956.

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