高血圧と食塩の関係

(昭和50年日本医事新報の質問に答えて)

 

 「問」 わが国では食塩の過剰摂取が本態性高血圧症の発生と密接な関係を有することは常識とされているようであるが、G.W.Pickering著多川斉氏訳「高血圧」(南江堂発行)の41頁には「食塩摂取の過多が本態性高血圧症の原因となるか否かについては未だにまったく不明であり、英国では証明されていない・・・」という記載がある。この問題について弘前大佐々木直亮教授に。(神奈川 H生)

 「答」 原著の初版が出たのは、1970年である。丁度ロンドンでの第6回世界心臓学会議によばれて行った時に発売されたので、購入して読んだことを思い出す。

 高血圧の発生に影響をおよぼす因子として食塩について記述しているところは、74年の第2版でもそのままのようである。同じ出版社から61年に出された「The nature of essential hypertension」の中で述べているところと同じであったので、いささかがっかりし、先生といえども勉強不足だなと感じた。

 引用してあるMiallの研究は、今や古典的といえるDahlらが54年に行った「食卓塩の使い方で食塩摂取量を区分する調査方法」を野外調査と入院患者に用いて追試したもので、高血圧と食塩との関連が見いだされぬと報告したものである。

 原著によれば、「In Britain there is no evidence that is does」となっており、この辺が訳のむずかしいところであろう。しかし、その前のところに、「There is no doubt that extreme deprivation of salt,as Kempner's rice-fruit diet, will diminish arterial pressure」と述べているところからみると、両者の関連を否定しているとは受けとられない。

 高血圧に食塩が密接な関係があることが今や常識といわれるが、このほかに、両者の関連を認めがたいとする研究報告はかなり多い。わが国でも、福田・佐藤らの研究ほか沢山ある。アメリカの代表的なものは、DawberらのFramingham Heart Studyでの研究成績である。

 Stamlerはこの両者の関連を認め難いとする報告を引用しながら、また同時に両者の関連を示したアメリカ国内外、とくに日本での疫学的研究を引用し、現在(67年)この関係は結論がでているわけでなく、矛盾するものであるが、それにもかかわらず、両者の関連を示すかなりの臨床、動物実験、疫学の研究が集められ、それらの所見は、高血圧性疾患の予防への接近について考慮の価値あるものと述べている。

 70年のロンドンでの会では、Miallが「高血圧の原因因子」の円卓会議の司会をし、私が「高血圧における食塩因子」の発表を行い、その中でもっとグロ−バルな立場でみなければならない点について述べ、日本の現状と疫学研究上問題となる点をいくつか指摘した。隣にいたニュ−ジ−ランドのPriorは「very good」と私の発表を支持してくれたし、とくに反論はなかった。ただしPickering は出席していなかったが。

 現在の問題は、高血圧と食塩との関連が、異なる集団間の比較では証明されることが多いのに、一つの集団内で個人的に両者の関連が証明されにくい点にあると思われる。これは高血圧の自然史のどの時点にどのように食塩が関連があるかということによると思われる。それには食塩の摂取量についての調査方法、高血圧の個人評価の方法などについて吟味が必要で、さらにかなり長期にわったての観察のあと、その証拠があがってくるのではないかと予想している。

 74年3月に東京で開かれたWHOの高血圧についての会議でも、日本の実情と同時に国際的な所見も話題になった。そして地理的な高血圧出現率の相違や、環境因子としての食塩などについて、一層の研究が必要であることが勧告されることになった。

(日本医事新報,2649,133,昭50.2.1.)

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