脳出血と風土

−−なぜ東北地方に多いのか−−

 

 ヒポクラテスは、ある土地に住む人の生活の影響が病気の原因になることを経験的に認めていたといわれる。宇宙船にでものったつもりで、地球上の人々をながめ直していただきたい。ある土地の人々の血圧は高く、ある土地の人々の血圧は低い。あるところでは脳卒中が多く、あるところでは心臓病が多いのである。一体このような差がどうしてでてくるのであろうか。

 「脳出血と風土」という題があたえられたのであるが、遺伝と環境がくるまの両輪のようにからみあっている健康問題に、生活環境の面から解明をしなくてはならない。

 

「東北地方に多い」のか

 

 東北地方での脳卒中の問題は、その土地に生まれた”ことば”によって、はっきりとあらわされる。「あたった」というのである。主語はない。「ぼんとあたった」「びしっとあたった」「どたっとあたった」、ときに「かする」のである。その症状が目にみえるようではないか。

 戦前西野忠次郎先生がまとめられた脳溢血の研究報告のなかで、東北大の近藤正二先生が、衛生学の立場からその成因を論じられている。その時すでに東北地方での脳卒中の問題点をはっきり示されている。すなわち、人口対件数の粗の死亡率であらわされる、ただ例数が多いという問題ではなく、若壮年者に多発しているという問題である。さらにそれに関係があると思われる生活環境因子についての分析がされている。

 「多い」といえば、いまは長野県や高知県に第1位、第2位をゆずらなければならない。東北地方の60歳の中年者は毎年4000人も脳卒中で死んでいるが、四国の死亡率でならば、2000人ですむのである。

 

脳出血は本当に多いのか

 

 現在の死亡統計は、死亡票に記載されている死亡の原因のうち、”原死因”を採用している。その診断名が信用がおけるかという問題がある。

 北秋田の保健所管内で、ここ10数年間の死亡票を検討したところ、脳血管疾患の病型別の検討の資料としては、極めて不適当な資料であることが判明した。脳出血、脳溢血、脳卒中という診断名は多かった。脳軟化症もある。しかし脳血栓という診断名はほとんどみあたらなかった。脳軟化症はいままで332に分類されていたが、今後は438のAに分類され、「診断名不明確なもの」と国際的にはきめつられるのである。さらに最近は社会保障の影響によって病型が左右されることも考えられるのである。本当の脳卒中の病型はどうなのであろうか。それには、その目的のために計画された疫学調査によらなければなるまい。

 青森県内の一農村で、ここ10年間のわれわれの調査によれば、臨床診断で脳出血と脳血栓との割合は、死亡例について1対0.8、死亡例について1対1.2であった。そして脳出血は若い方におこっていた。

 

脳出血の季節変動

 

 わが国の脳卒中の死亡には、冬多く夏少ないという季節変動があり、とくに東北地方にいちじるしいという特徴があることはよく知られている。ところがわれわれの調査では、脳出血による死亡・発作発来には冬多いという傾向は認められるのであるが、脳血栓については季節変動は認められなかった。

 東北地方の一般住民の血圧が冬高く夏低いという季節変動を毎年くりかえしていることは明らかとなった。、また冬の気温の変動にともなって血圧が上下していることも認められた。だが、外気温が下がったら脳卒中の発作がおこるかどうかはまだ証明できない。最近のように室内の暖房が普及してくると、この関係を証明することはますます困難になってゆくことだろう。

 

冬をあたたかく暮らしているか

 

 東北地方の人々は世界中で一番寒い生活をしていたのではないだろうか。厚い重い衣服をつけ、いろりの生活であった。薪スト−ブをつけるようになったのもごく最近の話である。だから、いまスト−ブをつけている人もいない人も、同じように冬は血圧が高くなる。生活全般の中にまだまだ寒冷刺激を受ける機会がなくなっていないためであろう。だがスト−ブを長くつづけている人々の血圧は低いのである。また10年前の時点で、すでに6年以上もスト−ブをつけていた人の方が、つけてまもない人や、まだつけていなかった人より、この10年間に、中年者の脳卒中による死亡例は少なかった。

 

りんごはよいか

 

 りんごが脳卒中の予防になるのではないかとという疫学調査による”clue”を発表してから、かなりの年月がたった。

 秋田の水田単作地帯から青森のりんご地帯に入ると、同じ東北でありながら、若い脳卒中が少なくなるのである。同じ青森の津軽の中でも、りんご地帯には若い脳卒中は少ないのである。そして毎日りんごを3個以上たべているという中年者の血圧は低いのである。秋田の水田単作地帯の農民に1日6個のりんごをたべてもらったら、血圧がたべない人にくらべて下がったのである。りんごをとると脳卒中の発作の予防になるという証明はまだない。

 りんごの中のカリウムが有効に働いているのではないかという推論をもっているのであるが、血圧のコントロ−ルにりんごが役だっているとすれば、長い目でみて脳出血の予防になるだろう。

 

食塩は脳出血に悪いか

 

 日本人の食塩摂取量が多いという話は世界的に有名になった。東北農村での食塩過剰摂取は、そこで生活したことのある人ならすぐわかることである。1日20グラム、30グラムという食塩摂取量の実測値は、外国人にとっては、正に”incredible”である。それは、日本の風土に生まれた食習慣によることは明らかだ。みそ汁、つけ物、しょう油、そして塩蔵物のおかずでごはんを食べるという食生活である。

 食塩過剰摂取が脳出血の発作発来に直接関係しているという証明はない。だが、一般に生活している人たちの中で、高血圧状態の人の中から、発作がおこることは明らかとなった。その高血圧状態はすでに小さい時から、小学校や中学校の時代からはじまっていることが認められてきた。

 食塩は1日5グラム以下でよい。アメリカのベビ−フ−ドの中に、秋田県なみの高食塩が入っていることが問題になったのは最近のニュ−スである。数千年来、人間の生活の中に入ってきた食塩、いわゆる文明社会は、本当に人間が必要とする量以上に食塩をとりつづけてきたのではないだろう。食品の添加物としての食塩は、”告発”されなければならない。

 衛生の知識が生活の中に生かされず、その土地に生まれた食習慣にのみ育ってゆくなら、脳出血は東北農村で、正に風土病化していくのではないだろうか。(昭44.11.15.記)

Clinician.16.(12),No.181.9−12.昭44.12.)

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