もっと長生きするために

 

 私には今年数えで80歳になる父と、75歳になる母がおり、二人とも元気で田舎で暮らしています。この両親にもっと長生きしてもらいたい気持ちでこの文を書いてみたいと思います。私は医学の中でも、衛生学といって、健康で長生きするための工夫を求めることを本命として研究する学問をやっているものですから、この専門を通じて考えられる知恵はないかということになります。

 ところが、私が何か書くと、この若造何をいうかと、おしかりを受けるのではないかと思われるのです。私は今年43歳になったばかりですから、正に若造です。私はさらに70歳、80歳になるまでに、色々な苦労があるはずですし、健康上でも危険な壁もあるはずです。この本をお読みになる方々は皆そうだと思いますが、今もうすでにその危険な壁をのりこえたと考えられる方からみれば、私が何をいっても、それは通じないことでしょう。たしかに、、その壁をのりこえられた方には私たちのまねしなければならない何かがあったに違いないのです。

 だから、今さら癌の話、高血圧や脳卒中、心臓病の話などしたくはありません。でも青森へ来て10年、脳卒中や高血圧の予防について研究してきたことを通じて考えられることを2,3書いてみたいと思います。

 最近年をとった方でも、健康診査とかいって、血圧を測られる機会が多くなったと思われます。そして中には血圧が160とか200とかいわれて、それだけで病気になったと思いこんでおられる方がいるのではないかと心配なのです。生まれて始めて血圧を測ってもらい、それが高い値であったからといって、今まで健康であったのが、急に病人になった気になる必要は全然ないということを申し上げたいのです。高血圧は今までの伝染病のような病気とは根本的に違う種類の病気であって、血圧は人が生まれてからずつともっているものであるし、今血圧が高いといわれても、70歳や80歳になって急に高くなったのではなく、おそらく、学生時代や、若い働きざかりの時から少し高めであったのであって、いわば、長年かかってつくり上げた病気と考えられるのです。だから、今測って血圧が高いからといって、急に明日にでも脳卒中になるわけのものではありません。実際に、長年にわたって血圧を観察していると、はじめは、数字だけみて、明日にでもかんおけに入りそうだと思った方でも、今も元気でおられるのです。それに、極端に血圧の悪かった方、自分の血圧も知らず無理された方など、40歳や50歳の働き盛りで、ぼんとあたって、この世をさられたのです。この東北地方には、若く働き盛りでなくなる方が大変多いのが特徴の一つですから、今70歳や80歳の方は、こんな悪い地方に住んで、よくもまあ生き延びてこられたと感心せざるをえないのです。今さら血圧がどうのこうのといって、いらぬ心配をさせる気にはなりません。

 実際に今のお年よりの方は、今まで実に危険な目にあって、それをくぐりぬけてこられた方なのです。

 10人生まれて1年に2,3人は死んでいた時代に育ち、赤痢や腸チフスによって死にもせず、同年輩の方が皆結核でやられてたおれても、自分だけは生き抜いてこられたのです。

 今の学問では、癌はほっておいては治ることはないと考えられていますから、早くみつけ、手術をされて治った方もあります。

 高血圧にならない工夫、高血圧者の養生法といわれていることに気をつけておられる方も多いことでしょう。一口にいえば、健康生活の実践ですが、食生活として、食べ過ぎずをせず、塩物をできるだけひかえ、肉や魚、大豆、卵といった良い蛋白質をとり、りんごが良いという発表をしたのは私ですが、新鮮な野菜を果物を毎日かかさず食べ、掃除でも散歩でも田畑や山の仕事でもよい毎日きまった運動をかかさず、頭をうまく使って、心配事もなく、よくやすみ、冬はあたたかく暮らして、この空気の良い青森県で長生きしてこられたのではないかと思うのです。

 そんなことはないよ、どうもこの頃の若い者は、衛生、衛生といって消極的でいかん、このおれをみよ、若いときからすき勝手なことをして、大酒をのみ、塩っぱいものは人一倍すきで・・・・と。ごもっともです。

 あなたは本当に幸せな方です。あなたのかげに、何万という、生活が悪かったために亡くなられた方があるのを忘れないで下さい。あなたはいわば生き残り組、そしてあなたもその影響からのがれることはできないのです。この世の中が良い生活にみちていたら、70歳で亡くなるかもしれないあなたは、100歳まで生きられるに違いないのです。(昭39.7.20.)

青森県社会福祉協議会老人クラブ連合会:新しい老人像,33−38,昭40.11.)

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