あっと驚いた話

 

 弘前から青森への汽車の中で、「弘前大学を停年で退官するときに書く随筆の題は、もう決まっている」と、友人の教授に話したことがあった。それが今回のテ−マである。

 慶應義塾から弘前大学へ赴任したのが昭和29年であったので、もう30年たってしまい、長いようで短い年月であった。しかし、弘前に着いたときの驚き、それ以来、いつも頭の中にあったその驚きは忘れられない。

 慶應義塾はご承知のように独立自尊で自由であり、幼稚舎という小学校から大学卒まで、また戦後戻った教室でも、とくに取り立てた規則もないままに自由に生活し、研究できたと思う。

 弘前大学の助教授へという話があり、赴任することになったのだが、赴任して数日後渡された書面を見て驚いたのである。

 その書面は「宣誓書」であり、それに署名をしろということであった。

 「私は、ここに、主権が国民に存することを認める日本国憲法に服従し、且つ、これを擁護することを固く誓います。

 私は、国民全体の奉仕者として、公務を民主的且つ能率的に運営すべき責務を深く自覚し、国民の意志によって制定された法律を尊重し、誠実に職務を執行することを固く誓います」

 この文章に説明はいらない。

 私は国家公務員であって、教育公務員特例法による教員なのである。それを承知で来たはずであった。   

 今は、宣誓書の文面は違い、もっときびしさを感ずるが、内容はほぼ同じだ。

 あれから30年、あと3ケ月でどうにか無事に勤めあげることになるのである。

 (日本医事新報,3216,103,昭61.1.4.)

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