成人病の文化論的考察

 

 はじめに

 わが国において「成人病」という言葉は昭和32年2月15日に第1回成人病予防対策協議連絡会が開かれて以来公に用いられるようになった。

 そのときの会議の席上「成人病という呼び名や、その範囲に就いて」の応答がなされている。

 「成人病とは主として脳卒中、がん等の悪性腫瘍、心臓病等の40歳前後から急に死亡率が高くなり、しかも全死因の中でも高位を占めている疾患を考えている。老人病とも同じ範囲のものといえるが、考え方としては老人は年をとれば死ぬのが当然なので、40−60歳位の働き盛りに多い疾病を重点としたい」と。

 そしてがん部会と高血圧症・心臓病部会の二つができたが、高血圧症をもって脳卒中にかえたのか、その名称のもつ意味、公衆衛生的問題点についてどのようにとらえられていたかは明確ではない。そしてどちらかというと行政的にはがんの方面に予算はながれた。

 わが国における働き盛り人々の健康問題は何であったのであろうか。そしてどのように把握されていたのであろうか。

 

成人病の公衆衛生学的問題点

 

 わが国民死亡の特徴であった「脳溢血」についての研究をひきついだわれわれは、主として日本の東北地方住民を対象に、脳卒中・高血圧の予防についての疫学的研究を展開し、公衆衛生学的問題点を指摘した。

 それは日本のとくに東北地方の脳卒中の年齢別死亡率曲線を検討することであったが、それによって日本は諸外国よりどの年齢層もその死亡率のレベルが高く、また国内にも地域差があって若い時から死亡率が極端に高い地方があることが問題であることが明らかになった。そこで脳卒中については働き盛りの者の死亡を老年層にまでおいやり、生命を保護し、生産をあげ、またその人たちの死亡からくる種々の社会的な不健康状態を除くことが必要ではないかと述べた。

 この考え方はかって結核が若年者を脅かしていた頃に、生存目標年齢に達するまでに死亡し失われる「life lost」が大きいことを問題にた考え方と同じで、働き盛りの中年者の脳卒中によって失われる年が日本においてとくに東北地方において多いことを公衆衛生学的問題として示したのであった。

  

 脳卒中高血圧予防の可能性

 

 また脳卒中死亡率には地域差や季節差があり、さらには時代的推移として第二次世界大戦中わが国の脳卒中死亡率は低下し、また戦後再び高くなったことが明らかにされた。この推移について同一出生年次群のコホ−トの死亡率を分析することによって、戦時中に加齢による死亡率の上昇が停滞するという現象を認め、それが中年者に著しかったことから、それまでは運命と考えられていた脳卒中による死亡に予防の可能性のあることが示された。

 このことはヨ−ロッパで戦時中に心臓病が減少したことを認めたことが、その後の動脈硬化性心疾患の成因とその予防についての研究の中で、食生活の脂肪摂取が関連があるのではないかと考えられるようになったこと同様な疫学上の手がかりであった。

 予防の可能性とは、疫学的研究から考えられた手がかりによって、人々の生活の中にその疾病発生要因を考えることであった。

 冬の死亡を防ぐには住生活として寒さを直接受けないような温環境に考慮をはらうことであったが、その後の生活水準の向上によって東北地方においても住生活の温環境は整備され、それと共に冬の脳卒中の発生・死亡が多いという季節変動が認められにくくなった現象と軌を一にしていると思われる。また最近では健康生活の基本としての温環境が暑い方にもずれることがあって、脳卒中の病型の変貌とあいまって新しい問題を提供している。

 

 食生活とくに食塩

 

 食生活については食塩過剰摂取は悪く、りんごは高血圧発生の予防に効果があることを推測させる事実があることを示した。共に食文化が健康に影響をおよぼすのではないかとの疫学的研究上の手がかりであった。

 食生活は人々が生まれてからの長年にわたる食文化と食習慣とにかかわる問題であり、それと健康問題との関係を科学的に証明することは横断的疫学研究によるだけではなく縦断的にまた介入的な疫学研究によって人間について証明されなければならないので、極めて困難なことである。われわれが疫学的研究による成果から食生活における食塩過剰摂取の疾病発生論的意義を論じた時には、一般的にはこのような考え方は受け入れられなかったし、また両者の関連については現在に至るまで論議されていることである。最近の研究によると食塩の影響は個人的に異なることが認められるようになったので、その対策も個人的にきめ細かくなければならないと考えられる。

 また食塩の摂取はいわゆるおふくろの味といわれるような、塩味の好みといった主観的な感情とかかわっている問題であり、必要最小限の食塩摂取にすることは難しいことである。

 さらには食品分析表をみて明らかなようにほとんど食品を加工することによって食塩の含有量は左右されており、このことは長年の食生活文化をつくりあげてきた人々の生活の知恵と食品産業にかかわる問題であるので、その対策は容易なことではない。

 しかし人々が食生活のなかに食塩をどのようにして取り入れてきたかを考え、またこの地球上に塩のない文化「no salt culture」に何万年も生活してきた人々がいることがわかり、現代の科学によってこの人たちの塩類の収支のバランスがとれていることが証明された現在、あらためて日本のまた東北地方の人々がかなり過剰と思われる食塩をとりつづくけてきた事実を反省し、日本の脳卒中・高血圧を人間社会における慢性食塩中毒の結果と理解することが必要ではないかと考えるのである。

 かつて食塩が人類の歴史のなかに登場してきたとき、saltと同じ語源をもつ「salubrious」が「健康に良い」という意味にもちいられたのに、今や塩は新しい悪者「a new villain」ということで、食生活における食塩の問題がTimes誌上に特集される時代になった。

 科学技術庁で日本人の健康問題が食生活との関連で考えられたとき、食品の流通体系が主として塩蔵に頼っていることが問題視された。それは脳卒中や高血圧についての疫学的研究の成果だけでなく、胃癌の疫学的研究によっても問題があると考えられたことであった。

 さらには健康に必要な乳製品を日本のすみずみまで普及させるのは、冷蔵冷凍の設備を整備することが必要であると考え、食品の流通体系の近代化にはコ−ルドチエ−ンが必要であると昭和40年科学技術庁から勧告されることになった。このことは国民の生活に対しての国家的干渉であって、戦後広く普及した学校給食と同じく、国民の健康問題を考えるには忘れられないことと思う。

 その後の日本の脳卒中や胃癌の死亡率の動向を観察すると、その推移は好転しており、国民の高血圧の状況をみても極めて高い血圧の者が減少しており、いわゆる減塩運動が広く展開された東北地方における中年者の脳卒中死亡率が低下し、若い出生コホ−トほど加齢による死亡率に頭打ち現象が認められることは、勧告の作成にかかわった学者として救われる思いである。

 

老人保健とのかかわり

 

 働き盛りの者の脳卒中はその後の疫学的研究によってその病型は主として脳出血であることがわかったが、くも膜下出血は別として、脳出血の発生・死亡とも最近極めて減少してきたことが知られている。日本における疫学的研究によれば、脳出血も脳梗塞も共に若い時からの高血圧状態の者に発作がおこり、死亡することが認められ、脳梗塞は中年者には少ないが、高血圧状態の者が老年層に追いやられるときには脳梗塞一部脳出血が発症し、半身不随のような病状が長くつづくことになる。したがってこれが老人層における疾病量をふやし、医療費を増加を招くことになったのである。

 このことは中年者に対する成人病対策が成功すれば当然予測されておったことであって、リハビリテ−ションその他の社会的医療の対応をうながすことになったのであって、また老人保健法成立の背景にあった問題であると思われる。

 だからといって働き盛りの者が早く発病し死亡してよいはずはない。かって結核が若中年者を脅かしていたとき、公衆衛生学的にその失われた年「life lost」が計算され、問題点が指摘され、対策が行われた結果、若年者の死亡は減少し、今や結核が老人問題となったのと同様である。

 循環器疾患についていえることは、すでに小さい時から高血圧状態の者がいることであり、たとえ中年期の発作発来死亡がおさえられたといっても、これらいわば手遅れの人々が何千万人も一見健康そうに生活しており、これらの人々が老人層に移行していくのであるから当分老人保健とのかかわりはなくならないであろう。だからこそ「すこやかに老いる」ことが望まれるのである。

 

 今の問題

 

 それでは成人病としての問題はなくなったのであろうか。

 出生コホ−ト別にもちつづけていく健康問題が異なり、その集積として現在と将来の健康問題を理解しなければならないであろう。

 そのような見方をするならば現在と将来の日本の抱えている問題は何であろうか。

 循環器系の疾患としての心臓病はどうであろうか。日本においてはこれに応えられるだけの疫学的研究はなく、現在研究が進行中である。しかし欧米で過去30年にわたって行われた疫学研究によって指摘された動脈硬化性高血圧性心疾患の発生についてのリスクファクタ−は他山の石として参考になろう。食生活の欧米化ということで示される変化は警戒を要することであり、またわずかではあるが若い出生コホ−トにおける死亡状況に変貌が起こっており、心疾患の死亡の増加が認められているのである。

 しかし最も重大な問題は中年以後老人にいたるまでの悪性新生物による死亡の数、死亡率、死亡の割合が増加していることである。胃癌の死亡率は幸いにして若い出生コホ−トほど低下しているが、肺癌は益々増加の傾向にある。この点についてみると正に欧米の後を追いかけているのであって、豊かになった日本として癌に対する公衆衛生的対策に何がなされているかを反省しなければならないと思う。この点、疫学的研究が明らかにした肺癌に関連があると考えられるタバコ喫煙に対する取り組みは日本の場合国際的にみて如何なものであろうか。その対策如何が将来の日本の成人病のみならず多くの健康問題とのかかわりある問題としてとらえることは疫学者としては常識と思うのだが。

 かつてタバコが「万能薬」として登場していらい500年、現在最大の悪として考えなくてはならぬ時代になったのではないだろうか。

(厚生,2,27−29,昭60.2.1.)

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