疫学的な見方(特集:本県の学力向上対策に望む)

 

 ある学校での研究発表に次のようなのがありました。検便をやって寄生虫の蛔虫の卵の有無をしらべ、卵のある者とない者にわけ、これら二群の成績を比較したところ、寄生虫のいる方は成績は悪く、いない方の成績がよかったというのです。この研究で、学力向上には寄生虫対策が必要だと結論づけているのです。

 このような報告はよくみかけるのですが、これをお読みになってどう考えられるでしょうか。たとえそれは事実かもしれないが、成績は寄生虫だけできめられるものではないだろうと。それは当然な疑問といえます。

 私の専門としている健康や疾病の場合でも、全く同じような例によくぶつかります。即ちそれは、病気の原因を一つのものにきめようという立場で、その一つの原因に対策でかたがつくという考え方です。これはかって伝染病はなやかなりし時代には、一応成功をおさめてきました。しかし最近のように、慢性に経過する疾病が多くなってくると、そんな簡単なことでは解決がつかなくなってきました。そこで生まれてきたのが、色々な要因が関係しあっているという多要因疾病発生論の立場です。この立場で問題を解決してゆこうというのです。学力向上もこれと同じ考え方で進むべきではないでしょうか。

 ところで、学力向上という、その学力の検討はなされているのでしょうか。疾病の問題にしても。何をもって疾病とするかがまず問題になります。学力とは何を意味するものなのでしょうか。父母の直接的な願いからすれば、良い学校へ入学できる力ということになりましょうが、私は大学の入学試験を担当して、今の入試のやり方なり評価のし方には多くの問題が含まれているのを感じているのですが。

 でも、学力向上を打ち出す以上、学力の定義、向上の目標を、具体的につかんでおくことが必要であると思います。でないと、対策を行ったあと、その効果判定が不可能となるからです。学力向上とはかけごえだけであってはなりません。対策をたてるからには、その目標、その効果判定のし方をきめた計画をたてた上で、対策にかからなければならないと思います。これは対策を立てる上での常識といえます。

 そして一応学力の直接的目標がきまった上で、問題の把握、対策の立て方ということになれば、やはり学力調査が必要になると思います。同じ問題に対して反応の違いがおこってくるのですから、その違いはあらゆる方面から分析してゆくことが問題解決のいとぐちになると思います。

 これは私たちの方でいう”疫学調査”にあたります。私は高血圧に対する対策を立てるとき、高血圧者と正常血圧者と区別していた従来のやり方と違って、血圧の集団評価と個人評価という考え方を、大阪で開かれた医学会総会で発表しました。

 青森県の学力が一般的に低いといわれていますが、中にはすぐれた集団、個人がいるのです。また一方大変おくれた集団、個人がいると思います。その具体例について、その要因を見つけだす努力が必要といえましょう。

 私は青森県民の素質がおとっているとは思いません。むしろそれをよく育てる側に何かが欠けているものがないのではないでしょうか。そして子供たちに一番長く接触している父母と教師側の要因が一番大なのではないかと推測しています。

(教育広報,13,28−29,昭38.9.)

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