1 肥満は病気である

 

 1965年ロスのダウンタウンを歩いているときだった。向こうから太った人が歩いてきた。すかさずオリンパス・ペン・ズ−ムのシャッタ−をおした。

 

 「大きいことは良いことだ」「太っていることは良いことだ」という考え方が50年前の大正10年生まれの私にはあった。当時「アメリカに学べ」が目標であった。

「肥満」をテ−マに自分の経験を主に書いてみる。

 結核に感染し何時発病するかも知れないと考えていた自分には「日暮れになると微熱がでるのよ 知らず知らずにやせてくるのよ」という歌の文句は、年間10万人も結核で死亡していた時代に育った自分には切実であった。 

 戦後「食べる物もなく勉強一筋」の自分は体重40キロ台で、見たとこガリガリであった。それでも自覚的には健康で岩木山位の山なら駆け足で上れる位の自信はあった。

 縁あって結婚。世間は豊に、食べるものの心配はなくなった時代になり、今思うと「バラ肉」のような「脂肪たっぷりな」「美味な」の御馳走を毎日食べていた。結果体重は数ヶ月で60キロを越え70キロ近くなった。、前なら簡単に登れたのにとの思いが山登りをしたときあった。

 同級で内科へいった松木駿君が本人がやせているのに研究のテ−マは「肥満」であるというパラドックスが記憶にある。

 昭和29年に弘前へきて、「脳溢血」の問題にとりかかって勉強し始めたとき、「肥満」の問題を考えなければならないことになった。

 昭和32年当時病院長であった杉山満喜蔵教授が脳卒中で亡くなり病理解剖に立ち会ったとき、先生の内臓の脂肪蓄積に強い印象をもった。時代の変化を感じた。

 私の研究の主題は食生活の中の「食塩過剰摂取の問題」になったが、アメリカなどの欧米諸国の文献を読むと、目標は「心臓病」であり、食生活の中の「脂質」に目が向けられていることが分かった。「血中コレステロ−ル」が測定されるようになった。

 「肥満」の問題には種々の「体格指標」が考えられていた。

 どれもがそれなりの理論があり、数値が色々示されたが、現在は「体格指数」として、BMI(body mass index)がよく用いられるようになっているようである。

 次ぎに「体格指数」のほかに「皮下脂肪」の測定が多く行われる時代になった。

解剖の照井精任教授が人体各部の皮厚の研究をやっておられた。

 ちょっと皮膚をつまんでみればわかる話ではあるが、計測装置が考案された。

  欧米の論文によく登場するようになった皮厚の測定装置「ミネソタ・キャリパ−(皮厚計)」をミネソタ大学滞在中に見ることができた。わが国でも考案されたものがあったが。帰国後東北地方での高血圧の疫学調査には「皮厚計測値」をいれることにした。

 昭和38年に弘前大衛生学教室と公衆衛生学教室と共同で「保健福祉研究会」をつくり全国に先駆けて五所川原市民を対象に「健康水準調査」を行ったが、それから10年経過した昭和48年に再度その経過を観察したことがあった。その時の結果からその間の生活とくに労働の軽減への変化とともに体重の増加、とくに中年婦人のいわゆる肥満傾向のあることの認識をもった。

戦後アメリカの影響を受けた日本は医学界でも同じであった。

「脂質」の問題が「コレステロ−ル」とともに日本に上陸してきた。

日本人の問題、それは循環器疾患についていえば脳卒中の問題であったが、欧米の心臓病の問題の研究成果が入ってきた。

日本での「疫学的研究」の成果が少し外国に認められるようになると、日本人には食塩過剰摂取があることも外国に知られるようになったと思う。

コレステロ−ルの問題もその測定法が外国で認知されるようになった大阪成人病グル−プの成績も認められるようになったと思う。即ち日本では血中コレステロ−ルの値が多いことだけが問題なのではなく、低くいことも問題であるという指摘であった。同じながれをくむと考えられる生命保険医学の研究でも「少し肥満体の方が寿命が長い」と。このとき「コホ−ト分析−生まれ育った時代別に違うのではないか」とコメントした記憶がある。

 「北の宿から」を作曲した小林亜星君の姿を民間放送の喫茶室で見かけたことがあった。見かけ太っており彼はそのことをむしろ売り物にしていた。ところが奥さんからだったからか「貴方!太っていることは 病気です!」とか云われて「今ダイエット中です」と喋っているのをラジオ放送で小耳に挟んだ。「ダイエット」などという言葉がはやり始めた時代のはしりではなかったか。

 当時よくテレビやラジオに登場していた石河利寛先生が日本民族衛生学会での講演の中で「太った教授の話など信用されない」とか云っていたことが記憶にある。「肥満」は自分で「コントロ−ル」できる範囲のものとの意見と思われるが、その後1998年アメリカのワシントンでの第2回予防心臓学会へ行ったとき「タバコを喫煙する医者はもはや医者ではない」といった雰囲気と重なる記憶である。

 公衆衛生の中村正教授そのあとを次いだ臼谷三郎教授は東北農民の「基礎代謝」をまた「肥満」の問題を追究され、衛生・公衆衛生合同の抄讀会でその方面の勉強をさせて戴いた。

 「肥満」は「体内の脂肪蓄積の問題」であること。それがどこに蓄積するか。皮下脂肪なのか、内臓なのか。体重増加といっても筋肉増加なのか脂肪増加なのか。肥満に「お尻から太股など下半身に脂肪がつく洋梨型」「上半身を中心ベルトを絞める部位に脂肪がつくりんご型」といった言葉が登場した。

本当のことはアルキメデスではないけれど体全体の浮力を計測・計算してみなけば分からない。プ−ルで人を頭まで沈めて計測する方法が基本だということも学んだ。今ならコンピュ−タ・トモグラフィ−(CT)でこの目でみることもできるが、ではじめの2,30年前のことである。

そのうち「インピ−ダンス」で体内脂肪が測られるのではないかといった基礎的研究が出始めた。「インピ−ダンス」とは「英impedanceとは交流回路で電流の流れにくさを表す量。直流回路の抵抗に相当。」である。

高血圧の成因に肥満がどう関わっているかが、今も語られている。肥満も単独で関係しているとがどうだとか。遺伝子がどうだとか。高血圧と食塩との関係を追究されていたド−ル先生の研究によると主因は食塩であると。私たちの秋田農村中学生の長期観察によるコホ−ト研究成果でも、体格・体重ともに増進したが血圧は下がった結果を得て報告したこともあった。

 あれから20数年今は「肥満」が大流行である。

アメリカでもようやく肥満の問題が社会問題化したようである。

 「肥満は病気だ」という認識が必要ではないかと思う。

 「肥満は健康の大敵」は現代広告の文句だが、「肥満」という言葉のもつ意味を科学的に正しく認識することが必要である。

女子大生に「ほうしょくの時代」とはという問題に、「飽食の時代」ではなく、半数は「豊食の時代」と答える時代である。

また身長や体重からみて「肥満」ではないと思われるのに、自分では太っていると思って「ダイエット」に熱中する世の中である。

 「肥満児」という言葉が一時云われたが「差別語」として賛成しない。小児の時から考慮しなければならないが、現代日本では誰でも肥満になる。ちょっと油断すれば。

 「小さく生んで大きく育てる」がテ−マになったことがあったが、親の心情は「沢山食べて早く大きくなって」という願いであろう。

 問題は食べるものの「カロリ−」「エネルギ−」である。

食べる脂肪だけが悪いのではない。食物の量、それが「カロリ−」「エネルギ−」になる。1グラム当たりのエネルギ−は脂肪が多いけれど含水炭素、蛋白質、脂質どれもが消費よりよけいにとれば体の中で脂肪になる。これは食べる物もない飢餓時代の人間自衛のしくみではないか。勿論消費するのは「基礎代謝」と「運動」であるが、「基礎代謝」も「運動」も人様々である。運動選手と一般人を一緒にすることはできない。ご飯一杯、お菓子一つのエネルギ−を運動で消費するのは大変である。

食べ物のエネルギ−にまず注目しなければならないのは「糖尿病の予防・治療」の知恵と同じ勉強をしなければならない。

 最近この方面を熱心に勉強し始めた49歳の長男が久ぶりに弘前にきて古い体重計のかわりに新しい体重計を買ってくれた。

 100g単位のものは昔は高価であったが、手頃の値段になった。100g単位のほうが200g単位よりよく変化がわかって良いと思う。

 BMIは、身長をメ−トルで表し、その数値を2乗した数値で、体重のKg数値を割った答えで判定しようというものである。

 ちなみに私は身長=1.62メ−トルなので、1.62×1.62=2.6244で、体重60.0Kgを割ると、答えは22.8である。理想とされる22より少し体重が多いが、「肥満」とされる25以下である。

 おまけに「脂肪計付ヘルスメ−タ−」には「脂肪が見える体重計」とある。

 「体脂肪率とは脂肪の割合です。本器はからだの電気抵抗をはかることで体脂肪率を測定するBIA(Biometric Impedance Analysis)にもとずいて研究・開発いたしました」とあった。漸く原理の検討がすんで製品化したのであろう。各製品にはそれぞれ研究室の成績がもとになってのことであろう。

 「おとな・こども」「男・女」「身長」をセットして、「素足の裸足」で体重計に足をのせると、体重が一定のところで表示され、次ぎに体脂肪率が数値として表示される。

 説明は「男性は25%以上、女性は30%以上で肥満とされ、多すぎると生活習慣病の原因になります」と。

 成人病また小児成人病という言葉が云われた時代があったが、今は生活習慣病である。

 体脂肪率の数値は私の場合「18.5-21.5」の数値が示された。25%以下であるから一応安心するということになろうが、この数値に「一喜一憂」には及ばない心がけが必要か。

 私のような「自動血圧計」で苦労した者としては、「この数値の根拠は」とすぐ疑問に思う。「プログラムはどう」と思ったりする。何時だれを対象にして「本当の疫学調査の成績によった数値か」と思ったりする。

「ベルトの目盛りが一つふえれば命がそれだけ短くなる」といった言葉が記憶にあるが、数十年たってその証拠がでてきたといえる。

解説・現代健康句には「腹八分 グルメは六分」とホワイト先生の言葉「太りすぎるな タバコは吸うな 歩け 歩け ただ歩け」を書いた。

「サユリスト」なら見たいだろう吉永小百合さんの写真展があるという。

「毎日体重とウエストを測っています。できれば週3回泳いでいます」「松坂慶子さんの・・・」の答えには「時すでにおそすぎました・・・」とは見事な答えである。(20020904)

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