「毎日モ−ツアルト」をみて思うこと(25)

 

 生誕250年とのことでWolfgang Amadeus Mozartの「毎日モ−ツアルト」が放映中であるが、それををみて思うことを書いておこうと思う。

 モ−ツアルトは1756年1月27日ザルツブルグで生まれ、その後の経過が、数々の曲と共に「毎日」放映されており、昨日27才になったところまでみたのだが、亡くなったのが35才でまだ終わっていない。

 父Johann Georg Leopold Mozartは音楽家、母は官吏の家の娘、姉はピアノの名手といわれた一家に育ち、音楽ファミリ−4姉妹の3女のコンスタンツエと父の反対を押し切って結婚、その間に父へ送った手紙の数々。よく書いたものだと思う。

 ヨ−ロッパ各地への旅行の風景は、今の風景が放映されているが、200年前のことが、現実にあるように思われるのだ。それも自分が歩いた道の記憶と重なって。

 ザルツブルグといえば、今は音楽の都として有名であるが、次男の修が音楽修行中に訪れた土地でもあり、建物は昔そのものである。しかし考えてみればそれは「すでに出来上がっていたもの」ではなかったか。その前があるはずであり、 私の研究からみれば「塩の城」である。

 各地に立派なお城があり、教会また劇場などの建物がある。でもそれらは何年もかかかってできたのではなかったか。そこに「王様」がおり、教会には「大司教」がおり、「人々の生活」があったのではなかったか。 今は大抵「観光資源」になって、見物客が集まっているのだけれど。

 それを「すばらしい」と思い、それを見たことに「満足」して帰ってきたのではなかったか、と今思う。

 TV上にモ−ツアルト自筆の楽譜を、また父への手紙を見たり、それを読む声を聞いたりすると、当時の様子が甦るのである。これも「現物」があるからであろう。・・・・

 話が飛ぶが、

 「ア−カイブ」という言葉については前に書いたことがあった。

 「DVD」が我が家に入ったと思っていたら、「次世代HD・DVD」の広告がでる時代になった。そして「G」(ギガ)についで「T」(テラ)が登場してきた。

 また次ぎは(バラ)が出てくることになるのであろう。これは「インサイダ−」であるのであろうか。(200060625)

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