アルバン・ベルク
Berg, Alban
オーストリア 1885 - 1935
音楽と文学の才能に恵まれ、どちらの道に進むか迷った末、1900年に作曲にとり組むことを決意、当初は独学であった。1904〜10年、シェーンベルクに作曲を師事。
大学入学資格を取得した後、ニーダーエスターライヒ州の総督府会計局に勤める。しかし1906年に遺産を相続し、仕事を辞めて作曲の勉強に専念。
1914年、ウィーン・カンマーシュピーレでビューヒナーの演劇的断章「ヴォイツェック Woyzeck」を見、オペラ化を決意。1917年にテクストがまとまり、1921年にはオーケストレーションが完成した。どこの劇場からも上演を拒否されたが、コンサート用の組曲「ヴォツェックからの3つの断章」が1924年にフランクフルトで演奏されたことで一躍有名になり、オペラ「ヴォツェック」は、1925年、ベルリン国立歌劇場で初演。
第一次世界大戦中、1915年からウィーンの国防省で働く。戦後は経済的に困り、ケルンテンの別荘を売却。
1919年からはウィーンで作曲を教えて生計をたてる。敗血症て死去。
新ウィーン学派を形成、シェーンベルクと共に無調、12音技法を発展させた。
代表作品:
7つの初期の歌曲 Sieben fruhe Lieder
わが両目を閉ざしたまえ Schliese mir die Augen beide(1908年作と1926年作が別にある)
ピアノ・ソナタ op.1
弦楽四重奏曲 op.3
アルテンベルクの絵葉書のテクストにもとづく5つのオーケストラ歌曲 5 Orchesterlieder nach Ansichtskartentexten von P. Altenberg op.4(1912)
クラリネットとピアノのための4つの小品 4 Stucke fur Klar. u. Klv. op.5(1913)
3つの管弦楽小品 3 Orch.-Stucke op.6(1914)
ヴォツェック Wozzeck
ヴォツェックからの3つの断章 Drei Bruchstucke aus Wozzeck
室内協奏曲 Kammerkonzert(ヴァイオリン、ピアノ、管楽器13)その第2楽章の編曲(ヴァイオリン、クラリネット、ピアノ)
叙情組曲 Lyrische Suite (弦楽四重奏)その第2〜4楽章の弦楽オーケストラ編曲版もあり。
ルル Lulu (未完。ツェルハにより補筆完成)
ルル組曲 Lulu-Suite(ルル交響曲 Lulu-Symphonie)
作品:管弦楽曲DB
作品:オペラ名曲辞典
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