ピントの「後口上」について
日本橋オペラ2025「3人のピント」では終幕の直前、スコアにない「後口上」を挿入しました。理由は、原作の「花嫁戦争」(クルト・ザイデル)が、田舎者のピントを他の全員が見下し差別するという、現代では反社会的なストーリーであり、それを解決して大円団のフィナーレを迎えることにより、お客様に喜んでいただくことに加えて、「3人のピント」の価値がより高まり、今後世界中で上演される一つの動機となればと考えました。
様式的には、イタリアの古典演劇「コメディア・デラルテ」やプッチーニ「ジャンニ・スキッキ」の後口上と同様のスタイルです。
なお当初は楽譜通りの上演を目指し稽古を重ねましたが、終了間際の不思議なフェルマータ、(C,D,F)のみの奇妙な和音! また、そのまま演奏した際の、なんともいえない空虚感を感じたこと。加えて、補筆・完成した交響曲の大作曲家マーラーが、何故これ以降オペラを書かなかったかという疑問を抱いた際に浮かんだ理由が「マーラーはピント」だという答えでした。つまりマーラーは、仕事場のオペラハウスではボヘミアンやユダヤ人として常に差別を受けるストレスフルな立場で、仕事として受けた「3人のピント」の台本に、次第に否定的になったと考えました。
そしてフェルマータの歌詞「さあ、みんなでピントに感謝しよう」を見つけた時、スコアにないピントの「後口上」の挿入を決意しました。なお日本橋での公演では、お客様も歌舞伎などで口上は慣れていることもあり、驚くほどスムーズに、この後口上が元々あったかのように終演しました。それはあたかも、天国のウェーバー大先生と、マーラー大先生が、ニコリと笑い「Wunderbar!」と応援していただけた気分でした。
モーストリー・クラシック誌では『田舎者をからかって笑いを取る喜劇だけに、今日上演には工夫が必要だが、今回は最後にピントの口上を入れることで、差別感を多少和らげることに成功した。』(関根礼子)と批評を受けました。2026年2月号 P.85
「後口上」のテキスト
さてみなさま、本日の歌劇「3人のピント」は、こうしてひとえに私、本物のピントの力で、ゴメスとクラリッサが結ばれ、ハッピーエンドを迎えました。
また本日の公演は、人類史上初めて歌劇「3人のピント」がアジアで上演されたということで、天国の、ウェーバー大先生と、マーラー大先生、そして何より本日のお客様も、さぞお喜びのことと存じます。
ご賛同いただけましたら、皆様と一丁締めを行いたいと存じます。
かけ声のあと、1 回だけ手をたたいてください。
お手を拝借。いよぉ~! バン!
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