「人々と生活と」(写真集)印象記

 

 昭和59年7月第49回日本民族衛生学会が弘前で開催された記念に、「人々と生活と」という「写真集」を関係者に配布したことがあった。

 そのことについての随筆を前に日本医事新報に掲載したが、その時多くの方々から戴いた「感想文」を今読み返してみると、改めて有り難いことだと思うとともに、このまま埋もれてしまうのは何とも惜しい気がした。

 すでに亡くなった先生方もおられるし、現在も尚各方面でご活躍の方々も居られ、勝手に公表するのもどうかと考える気もするが、自分の責任でその一部を書き出してみた。

 そんなことを書きましたかねと思われるかもしれないが、お許し戴けるものだと勝手に考えている。不都合のことがあればご一報戴きたい。

 写真は文章と違って「情報量」は極めて多いものだと思うし、各人各様の印象をもつものだとの感が強い。そんな意味から写真もその方の印象記も貴重だと思うのである。

 記

1)どれもこれもなつかしく、30年まえと全然変わってしまったとか、まあ何にも変わっていないとか、勝手なことをいいながら、楽しいような淋しいような気持ちで眺めています。じっと拝見していますとタイムスリットしまして、何故か昭和初期、つまりうんと子供の頃の私がそこにいてもいいような感じがしてくるものです。 (佐野ぬい)

2)北国の生活をみて未だ日本の昔姿が残されていることに驚きました。 (稲福盛輝)

3)正しく私の渇望して居りました貴重な資料ばかりで、先生が御研究の過程で斯の様な副産物(ジョ−クとしてお聞ききださい)迄御生産されたバイタリテイ−に敬服しました。(川村雅美)

4)何回もくりかえして拝見しました。単に記録のみにとどまらず、先生の確かなカメラアイが至る所に見られ、本当に感心いたしました。 (佐野晴洋)

5)先生の多年の地域におきます御研究の香りの濃く匂います写真集。 (小町嘉男)

6)昭和30年代前半の人々の暮らしぶりが見事に描かれており、楽しく興味深く感嘆しながら見せていただきました。歴史に残る素晴らしい記録集だと思います。 (宮原伸二)

7)随所に見覚えのある風景が散見され感無量なるものがあります。衛生学とはこうだったのかと今更の如く強い衝撃を受けました。 (柳田尚)

8)披見して、御著のすばらしさに圧倒されました。そして同時に懐かしさで胸がいっぱいでした。 (佐々木貞直)

9)そして又先生の素人ばなれしたアングルのよさ、衛生学者の眼に一枚一枚焼きつけられた御写真が衛生学的に意見があるにしろ、もう一つの眼から見ればその時代時代のそれなりの芸術性に富んだ写真−−真の生活の記録−−と私受けとってもよいでしょうか。 (佐藤甚弥)

10)想い出の写真、胸に沁みて過ぎ去った日々を思い出しました。 (鈴木治子)

11)津軽の四季の中での人々の表情が正確にしかも愛情をもってうつし出されているすばらしい御本でございます。 (鯉江久昭)

12)日本人の生活がいかに著しく変化したかが手にとるようであり、レポ−トのために自転車で調査にいった頃のことがはっきり目にうかびます。 (加地浩)

13)幼稚舎育ちの生粋のKOボ−イが東北の地に根をはやして住民の生活を観察した結果の集大成、感激しながら拝見しました。 (山形操六)

14)写真集を拝見していろいろ思いをめぐらせました。”映像は文章では表現できないものをあらわさなければならない”と映画監督新藤兼人だったかが言っています。医学者の立場からみつめておられます。そのように思いつつみていますと一枚一枚いろいろなことを訴え語っていると思いました。 (千浦一郎)

15)息もつかずに拝見しました。立派な記録であり研究である上に、芸術としても立派なものと愚考し心から敬意を表します。 (松永藤雄)

16)先生の研究が農民や住民に密着して行われている様が、そして彼等への優しいまなざしが感じられます。 (佐藤仁秀)

17)貴重な労作で本当に感心しました。誰にも真似できない傑作です。 (外山敏夫)

18)単なる回想録にとどまらず、先生の御研究がどの様な経緯を経て今日にいたったか、そのときときの足跡を知ることができました。 (長沢一磨)

19)本職のカメラマンなら珍しくもない作品集でしょうが、一寸珍しい作品集を御贈与戴き厚く御礼申しあげます。学会長の記念出版としてはユニ−クなものと考えます。 (田中正四)

20)懐かしい情景、疫学的には勿論民俗的にも貴重な資料となるものと存じます。 (今村城太郎)

21)実に楽しい写真集で、簡潔な説明を読みながら、東北の人々の生活と風土に思いをはせました。 (塚原国雄)

22)東北の田舎の生活については子供の頃から知っておりましたが、今にしてみればいずれも貴重な記録で敬服します。 (赤石英)

23)見事な引退興行と感心しています。 (北博正)

24)お世辞抜きで本当にすばらしい記録です。記録は地味ですが、時間を経てば経つ程価値が大きくなることがよくわかりました。 (富永祐民)

25)その標題と内容には多少難解のことがありましたが、貴君の写した弘前という気持で一枚一枚をたのしく見せていただきました。 (藤原元典)

26)先生の30年の御研究が年次的に浮かび上がってきますので感激しながら拝見いたしております。 (葛西徹郎)

27)佐久の農村住民の生活と比べて拝見させていただいております。 (磯村孝二)

28)”どのシイ−ンにも意味がある”との解説に同感の意を表します。 (松浦鉄也)

29)まことになつかしく興味深く拝見しておりますが、これからは間もなく見られなく全く貴重な一駒々々となるものと存ぜられます。 (増田桓一)

30)素敵・素晴らしい本です。拙宅などスト−ブの上の煙突窓から雪が吹き込んでいました。一度目の停年退職で貰った退職金でやっと石油スト−ブにススみました。 (山口寿)

31)内容を拝見して企画の素晴らしさはもとより、その内容に感嘆いたしました。小生日頃失われてゆく津軽の風物を惜しみ、多少写真集など手もとに集めておりましたが、仲々生活を写しだしたものを手にすることはできませんでした。今回東京生まれの先生から正に私が求めていたものを与えられるとは全く思ってもみなかったことでした。 (福島裕)

32)北奥羽という風土の中に生きてきた人々の姿が衛生学の眼を通してとらえられた貴重な資料に感動しました。ひとこまひとこまに人間を見つめる温かい医学者の心がにじみ出て印象深く通読させていただきました。 (永山正剛)

33)先生のお人柄、先生の仕事がにじみでたスバラシさに、心うたれました。”医者と津軽と”或るいは”衛生学者と津軽と”でもゆうべき第2編出ませんでしょうか。 (星島啓一郎)

34)弘前を遠く離れて暮らしておりますとなおさら懐かしく思い出される場面が次ぎから次ぎと脳裏をよこぎりとても興味深く拝読させて戴きました。私が生まれた頃のお写真を拝見すると改めて自分の生きてきた時の長さを思いますが、お城の桜はちっとも変わらないのですね。 (楠伸子)

35)じっくりとじくりと何度も何度も頁をめくっています。めくる度のその毎に少年時代の生活がよみがえります。米はつくりませんでしたが、それ以外はアルバムにある場面はすべて眼にして経験しております。 (山田匡)

36)私たちの年(70才)の百姓では皆経験してこの目でみてきたことで実になつかしい。今の青年に理解出来ないことばかりでしょう。忘れられ消えていることばかりで写真こそ歴史を語る貴重なものになるでしょう。 (坂本豊水)

37)弘前においでになり30年間の記録の流れを学生時代の先生の講義とダブらせながら拝見しております。とくに最後の”238”はあたかも映画のラストシ−ンを感じさせます。 (渡辺俊三)

38)写真にあった厚着の女、毛皮をきたオド・アヤ、りんご出荷の馬等、すっかり忘れた津軽の生活が再現しました。一緒に見た娘達は百年も昔のことかしらと言うほどです。父につれられて吹雪の夜にワゴン型馬そりに乗って往診した時のことや、あのワラぶき屋根の下での出産のことなどしばし回想にひたりました。 (佐藤裕)

39)新聞の紹介記事から、きっといいものに違いないと思いました。だからこそ手にいれようと思った次第。今現物を前にただ感激です。先生の医学者としてのお人柄に強く打たれました。 (渡辺国広)

40)先生が長年お集めになった御写真を寝ころんで読んでいるのははなはだ失礼とは存じますが私にとってもなつかしく序文にもお書きになっておられるように今ではほとんど見ることができない貴重なもんだと思います。御本を拝見しますと一昔前の農村や漁村の生活は重労働によって支えられていたものだと言う感じが本当に致します。お写しになった子供達は今どうしているだろうという興味も自然に湧いてきます。白黒写真がかえって昔の生活を印象づけますし解説も簡単明瞭でなつかしく、思い出になる御本になります。しかしその場その場は特に感じないものですが、先生は実にきめ細かく写しておられ、広い視野で衛生学をみておられることがよく伺われます。 (木村毅)

41)広域にわたり貴重な写真を撮りつづけておられ、ある箇所は懐かしく又かなしく素朴であたたかく力強く何度みても迫力があり味わいの深い写真集でございます。 (吉田幸子)

42)今まで無意識に頬張っていtリンゴとそれをつくり出荷するまでの人々の神聖な労働に思いを馳せ感動しました。 (照屋寛善)

43)何れもなつかしい写真ばかりで感激いたしました、田毎にうつる月、星も美しく田舎は老いて生活するにはよい所です。久保田もこんな立派な写真集を出された佐々木様をうらやましく思っておりますでしょう。霊魂があると申しますから余りの嬉しさに全写真のなつかしさにとりとめのないことを書きました。 (久保田ユキ)

44)当地に生まれ育った故なのか一枚一枚の写真に自身を重ね想い出させます。なつかしいそれでいて何かものかなしい感が自分の中にあるのに一寸驚いています。最後の”疫学の原点”で先生が私共にいわれたことを深く肝に銘じて参りたいと思います。 (工藤一)

45)歌舞伎の盛綱陣屋熊谷直美のセリフに”十六年は一と昔、夢だ夢だ・・・”というセリフがありますが、三十年の歴史は弘前市民の生活をずい分と変えたものだと痛感しています。”生活向(クラシム)き 変えた 汗の三十年” (木村然二郎)

46)このたびは、大変な”業績集?”を有り難うございました。大兄の集積能力といいますか、ち密な積み重ねの御努力に本当に頭がさがります。 (品川信良)

47)考えようによっては地元に生きて来たものはあの生活に慣れていたために記録にとどめる考えは出て来なかったとも思いますが、いずれにしても先生の心眼にあふれた写真には頭の下がる思いです。写真家としても世界に一家をなす貴重なものと推察致します。 (千葉陽一)

48)人間生活の基本を探っての衛生学の研究・・・そんな理屈を思わなくても写真一葉一葉に人間の愛の心が湧いて出て来ます。 (佐藤光永)

49)一枚一枚の写真が、一枚の写真の人物が語りかけて来るものを心に感じ拝見させて頂いて居ります。そして写真一枚一枚に先生の青森の人々への心のむくもりを感じさせられて居ります。 (青木一夫)

50)昭和30年頃にはリンゴ花粉症などあったのだろうか?など考えながら拝見しております。 (朴沢二郎)

51)学会の会長講演の中でも先生がふれられておられましたように、写真集の最後の頁のものは正に疫学の原点を物語るにふさわしいものとおもいました。 (遠藤正彦)

52)内容は本当に津軽の庶民の実生活そのものの記録で感銘深いものがあります。 (西脇巽)

53)写真集を拝見しますと、往時の郷土の生活状況がしのばれると共に、文化面からも貴重な写真集であり、先生の業績と共に永く後世に伝えられるものと思います。( − )

54)今は失われてしまった過去の弘前・青森・秋田の民衆の生活が見えるように思われてなりません。こうしてみると日本の近代化はことに青森においては激しかったのではなかったかとも思ったりしています。音楽家の御子息が生まれたのも当然という気がします。写真に視点とリズムが見てとれるからです。 (佐藤時治郎)

55)先生の長年に亘る作品の中から選ばれ写真集にふさわしく、実によく津軽のつい この間までの生活が描きまとめられていると拝見いたしました。 (吉田豊)

56)一枚一枚じっとみつめ誠に心あたたまる感じでございます。どの写真も多くを語って居ります。都会生活しか余り存じません私には幾度も拝見してあきることがございません。 (草間末子)

57)同時代を見知っていても何ら記録を持ち合わせのない者にとって津軽の風物の上に自分の記憶を重ねあわせてなつかしむと共に先生の衛生学者としてのたしかな目に改めて御尊敬申しあげます。 (石川 精子)

58)先生の人間好きの御様子が如実にあらわれ、それが先生のお仕事に結びついていること、感動しながら拝読させていただいております。 (遠藤晃)

59)20-30年前の北東北の人々の生活の記録貴重な書籍です。八戸のいか干しの写真など、今私の診療所が30年のいか干しの砂浜だったのですから懐かしい写真です。といってただの写真集ではなく、人間の生活とその環境を系統つけての写真集で、さすが学者の眼からみた写真だと感心いたしました。 (佐藤邦夫)

60)一枚一枚に意義のある貴重な写真集で深く感銘致しました。 (杉田啓)

61)リンゴの枝切りから疫学の原点までの238枚、どれも、多かれ少なかれ私にも共通の思い出があり、懐かしく存じました。・・・昭和34年下北郡東通村の学童が全員洋服を着ている写真をみても、時代の差が地域の差よりはるかに大きいものだ、と思います。 (植松稔)

62)写真のすばらしさは勿論、人々と生活と医学衛生学の原点を示された思いで感激しました。 (香川芳子)

63)先生のすばらしい民俗資料、又詩情あふれる写真集をいただきまして感謝いたしいております。 (栗林明弘)

64)長年撮り続けてこられたものをまとめただけになかなか見応えのある良い写真集になっていると思います。写真は生活の記録だということをつくづく考えます。貴兄にとっては余技なのかも知れませんが、良い仕事と良い記録となかなか真似のできないことで、うらやましいことです。ただ一寸欲を言わせてもらえば、印刷の仕上がりが今一つという感じでそれが残念といえば残念な気がします。 (大神田正)

65)先生初メテ弘前大学御着任ノ頃コノ地方ノ特ニ農村ノ人々ノ生活習俗ガメズラシクシャッタ−ヲ押サレタ一枚一枚ト思ワレマスガ弘前デ生マレ育ッタ私ニハ見ナレタ風景デハアリマスガ三十年ノ歳月ヲ経マスト珍シク懐カシク思ワレマス。 (町田泰助)

66)立派なごほんですね。どの写真もなつかしいものばかり。昭和30年ころこんな様子であったのかと今更おどろかされます。それにつけても私が農村をまわりはじめた昭和9年ころ写真機は貴重品であったととはいえなぜ写しておかなかったのかと悔やんでおります。 (花田ミキ)

67)写真一枚一枚に戦后の津軽の”ある歴史”が語られており全く感激しました。津軽生まれの小生には全く肌に感じなかった人々の姿と生活様式が教授の眼を通して写真に表現されると、そこに素晴らしいそしてなにか寂しい東北の姿をみました。しかし衛生学的見地から又佐々木教授が撮られた写真として見ますとこれからの津軽のよりよき姿を造らうという意欲ももてました。一開業医として新たな関心を呼び起こす写真集でした。 (石戸谷欣一)

68)人間性溢るる写真の一頁一頁を拝見いたしまして昔を懐かしむと共に御研究の御苦労がしのばれます。東京とは言語生活慣習も異なる交通不便な地でまことに大変なことであったと思います。しかし津軽に育った人々以上に津軽をよく把握されて居りますことを知り全く驚きでございます。 (菅原彰)

69)この様な本は待望しながら手に入りませんでした。 (高橋信次)

70)私も農村出身であるだけに興味深く拝見しながらよくこれだけまとめられたものと敬服しました。 (福士重太郎)

71)拝見して東北の生活の一端をのぞくことが出来ました。民俗学的にも貴重な資料として永く残されることと思います。・・・スト−ブのある教授室に、疫学の原点も感銘を受けました。お世辞にも恵まれたとは申せぬ環境で着々と成果を挙げられた貴兄の努力に対して喝采を送り尊敬を捧げる次第です。 (平尾正治)

72)この写真集のペ−ジをめくると丁度私が弘前大学に入学した29年前のタイムカプセルを一気にひきもどした感激と懐かしさで一杯でした。 (宝田正志)

73)今回写真集を拝見させていただいて先生の学者としての本質に接しさせていただいた様な気がします。津軽の風土、人々、生活がどの写真からもにじめ出ており、これは単なるカメラアングルetcからのみ来るものでなく、撮る人間の問題意識が形を変えてそこに写し出されるものであろうと感じました。 (桜井裕)

74)時どきのくらし写真集にあらわれて 人間賛歌のきこえるごとし 楽し方を今にとどめし写真集 夢は未来にひらかれてゆかん  (津島律)

75)かつて人力に大きく依存した人達のかなりの部分が、まだ農業を担っているわけですから、他産業とはちがった形で、健康問題を考えております。その際大切なことは、今いる人達はかえってどんなくらしをしていたのかをはっきりさせておくことではないでしょうか。その意味で御著「人々と生活と」は大いに意義のある本だと思っております。流石は大先輩が書かれたものはちがうと改めて感ずると共に、一つの研究方向をたゆまず追究してゆくことの大切さを教えられました。 (石原信夫)

76)長年地域の人々の暮らしに向けられた先生の鋭くも温かい視線の結晶であるという気がします。 (外崎昭)

77)どの写真も私の心の中の振幅とぴったり同調するものであります。精神的出発の原点として時々拝見させて頂きます。 (大倉俊弥)

78)今写真集を開きますと私の故郷がいきなり浮かび上がり写っている子供が自分のようで、”ああこの時代を忘れないで持ち続けなければ”と思った次第です。 (桂修二)

79)昭和30年代の素朴な弘前の風景、人々の生活、私もその一点景であったと思うと感慨ひとしおです。 (柿崎六郎)

80)すばらしい写真となつかしい風景を拝見し今さらながら身のまわりの変化の激しさにびっくりしました。 (田島強)

81)津軽の素朴な生命力がひしひしと感じられました。 (杉沢利雄)

82)素晴らしい記録写真のみならず津軽の人々の労働の姿をありのままにとらえていて大変貴重な御本と存じます。如何なる文章にも勝るとぞんじます。 (大高興)

83)先生と同じものを見、同じ体験をしても「民族学的な目」を持っていない私は唯漫然と眺めて貴重な時を過ごしてしまったようです。 (中山幸麿)

84)夏には立派なジョンガラ節でも聞こえて来そうな写真集を送っていただいてありがとうございます。 (水木一伊)

85)先生の香りに満ちた「人々と生活と」を頂きましたが誠に有り難うございました。人生の資に加えさせて頂きます。 (渡辺孟)

86)小生は東北人ですが先生は都会人で弘前に来られて東北人の為に偉大なお仕事を成された事に深い感銘を受けました。また写真一葉一葉に愛情がありポイントがあり、先生は職を間違われてもいるという実感であり、この秀れた記録は昭和30年という日本人東北人の生活が急速に変わっていく始めの事で全く貴重なものとして後世に伝わるものと確信します。 (鈴木二郎)

87)あの頃がなつかしく思い出されました。もう故人になっている方の写真があったり味噌桶の美人の奥様がコ−ゲン病とかで見る影もないお姿になったりして時はかわりました。 (三浦オヨシ)

88)当時の事などなつかしく想い起こさせていただきました。私もいつの間にか町の高齢者名簿の片隅に名前を連ねる程になってしまいました。 (斉藤弥兵衛)

89)珍しい写真を拝見できてうれしく思うと同時に先生のお腕前を拝見できておどろきました。 (東畑朝子)

90)大変感銘深く拝見いたしました。私も32年に上田に帰って毎日曜のように付近の旧道や山野を歩きましたが、当時の信州の農村の風俗とも似ており興味深くよい写真集と感心いたしました。 (折井正彦)

91)旧い日本の最後の姿を、衛生学者の眼で捉えたものとして、感銘深く拝見しました。思えば先生は学者として良い時期に良い場所で良いお仕事を残されたもの、うらやましく存じます。 (近藤喜代太郎)

92)丁度この写真が撮られたころ弘大医学部に入りましたので私にも沢山心あたりのある情景があり懐かしさとともにこんな貧しい時代を過ごして来たのだなと言う実感も湧いてきました。 (安達実)

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