「検診・集団検診」についての記憶から

 

 家内の長年の友人から電話があって、「がんを告知され、余命は2週間といわれた」とのことであった。

 「去年お花見の季節に弘前まで一人でやってきて、私は会わなかったが、岩木から八甲田まで車で案内したとき、何にも体のことは言っていなかったの?」の事など聞いているうちに、昔のことを思い出した。

 昔といっても弘前に来る前の、結婚したあとの50年以上前のことである。たしかその友人の母親が「しも」からの「不正出血」がでたかとの話を私が小耳に聞いたとき、当時の私の立場(予防)からであろうと思うが、「専門家に診てもらった方がよいですよ」とアドバイスしたことがあった。

 それを聞き入れてくれたらしく、「手術」をしてもらって、早くて良かったと。大分あと、おかげで長生きできましたとお礼を言われことがあった、その友人のことであった。

 電話の内容を聞いたあと「以前はどうだったの? ”検診”を受けた事があったの?」と家内と話しあっているうちに、「検診の意味」「集団検診の意味」を私が考えていることと、家内が考えていることの、「ギャプ」が気になったと同時に、昔「保健」という雑誌に「集団検診:効果的な業務の進め方(4)」に私がまず「問題点を指摘」し、それにつづいて「討論・座談会」をもった時のことを思い出した。

 それは集団検診というとすぐ結核と思われていたのに、”成人病”という言葉がでてきて、診断技術の進歩から胃癌・高血圧・乳児検診、三才児検診などの集団検診が行われるようになった時代、雑誌の企画として「集団検診」をとりあげ、地方の例として、青森県、その中で名前が出始めた私に話があったのはなかったのか。

 昔の資料を取り出して読み返してみたら、私のHPにはその記録を残していないことに気がついたので、今ここに一部ではあるが「重要」と思われることを書き残して置こうと思った次第である。

 

 保健(武田薬品工業KK発行)No.110、2-6, 1963.4)掲載

  問題点提起(佐々木直亮)および青森県内の保健所長(高松功先生)・保健婦・担当課の方々。 

「座談会をはじめるにあたって−集団検診はどんな意義をもっているか」

 「集団とは二人以上の人間の集まりをいうことで、それらを対象とするわけですが・・・・検診は人間の状態を診断することにはじまります」

 「病気をもっている者と、病気のない者とは、はっきり区別できるという学問的な立場をもつものからみれば、問題のある者とない者をはっきり区別し、問題のある者にはその問題を解決する方向へもっていってやることが必要になります。これが集団検診における”ふるいわけ検診(スクリ−ニング)”です」

 「学問的にまだ両者を完全にわける方法がないとすれば、間違って陽性にする場合と間違って陰性とする場合が出てくるわけです」

 「集団検診だから検査は”大ざっぱ”で良い、用いられる方法も”雑”なものでよいという考え方は全然ありません」

 「集団検診というと、すぐ結核の場合を考えますが、エックス線検査の場合(間接撮影)がまず行われますが、(直接撮影)の方が良い、一枚より枚数の多い方がよいことは明らかなことです。・・・そこに用いられる方法を決定する因子に”経済の問題”が含まれている」

 集団と個人の関係

 「最近の人間の生態学にもとづく”健康観ないし疾病観”によれば、人間の健康や病気とは、宿主である人間と病因、環境の三者の動的な平衡関係に立っていると理解されています」

 「従って、集団検診を受ける人たちの、健康診断についての考え方がはじめに問題になります。何の検査か知らずに集団検診を受けているとしたら、どこか間違っていると思います」

 集団検診の目標は何か

 資料は収集されているか

 資料は十分に分析されているか

 アイデイヤの提出

 検討と討議

 実施と評価

 プライバシイの問題などあります

 座談会をおわるにあたって

 「総括してみますと・・・私の提出した問題点を順序をたててやって行けば、どんな集団検診も一応うまくゆくと思うのです」

 高松「最後の評価の項目までやって行けばいいのですが・・・青森県のような地方では・・・集まってくれません・・・」「私たちは何%でもいいから受診率を上げてゆくことが目標に・・・」

 「受診率がまず問題のようですが・・・衛生教育といいますか、PRが足りないと思います」

 高松「現在の段階では・・・PRより実行だけだけ先に行っている状態です」

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 今思うと昭和38年という時点では私の「血圧論」や「脳卒中や高血圧についての疫学研究」の初期の論文を書いたあとであり、日本衛生学会を弘前で開催しそのあと海外研究に出かける準備段階にあった時代であった。

 そんなときにそろそろ一般的に「結核」から「成人病」へ行政的なうごきが変化してゆく時ではなかったか。(20070520)

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