統計と誤差論のこと

 

 内閣の支持率が下がってきたとかいうことが話題である。

 このような「統計上の数値」が発表になるたびに、昔統計について講義を受けた川上理一先生のことを思い出す。

 先生は統計には3つの段階があるとおっしゃった。

 1 資料論 2 方法論 3 本論 であると。

 それぞれに問題があり、本論に至るのは容易なことではないことを教えられたと思う。

 「支持率が上がったとか下がった」というのはここでいう「本論」であって、そのもとになる”1”と”2”についての条件が変われば、「本論」は容易に変わるものだということである。

 「疫学」の研究を長年やってきた身にとっては、ある目標に向かって「統計」をとるという経験をしてきたことを思い出すが、「本論」にたどりつくのは容易なことでなかった記憶がある。

 戦後”推計学”がでてきて、少数例の統計とか有意水準とかいう考え方が紹介されるようになり、増山元三郎先生の推計学を東大へこっそり聞きにいったこととか、三鷹で川上先生と増山先生とが話し合っていたことなど記憶にある。

 弘前へきてから法医学の赤石英教授が教授会での論文審査のときなど有意の検定をしているかなどよくその方面の話をしていたこともあった。

 統計で数値が計算上でても、その上に「誤差論」がつきまとうのであるから「本論」で結論をいうことは簡単ではない。

 最近その数値が「有意」であるのかどうかを述べていることにおめにかかることが殆どないのが現状ではないだろうか。

 おまけにその数値だけをみて「ワンポイントあがったとか下がった」とかいっているのは、単位が色々であるから、何をいっているのかは理解できない。

 そのすべてをここに述べるつもりはないが、統計をとられた場合、世の中では前の「本論」だけを「出てきた数値」のみで「下して」、あれやこれや論じている方、「論説」「社説」「意見」をのべているような氣がしてならないのが「直亮のひとりごと」である。(20070109)

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