「趣味が身をたすく」

 

 「初夢は昔の若き日のことばかり」とは今年はじめの一句である。

 温泉でよくあう2つ位年上の方がつぶやいていた。

  「この頃亡くなった家内の夢ばかりみるんだよ」と。

  老人の「夢」は過ぎ去った過去のことばかりである。

 久しぶりに亡くなったが「趣味が身をたすくんだよ」とつぶやいたことについて書いておこうと思う。

 父の育ちを今思うと、、渋沢栄一さん(ネット上で検索したら東京市市会議員落選と名前があったとか)と肩をならべる位の「東京市市会議員」であった祖父の家に生まれた「よいとこの男一人」であったのではなかったかと想像するのだが、小さいときから大事に育てられ、教育もうけ、その上いろいろの「芸ごと」も教えられていたようだ。なかでも「謡」は観世の家元について習っていたと聞いたことがある。また「おおかわ」も習っていて、「能」の舞台で「おおかわ」をうつ父の姿が記憶にある。三井物産の社員としてテニスもやる多趣味の人ではなかったか。

 その父が東京の家を処分し、母の里の篠山に疎開したあと、どのように生活していったのであろうか。兄は中支へ出征、私は海軍への時代であった。

 そのとき「謡」の観世の師範の免許状をもらって、弟子をとる資格を得ている。

 それまでは「趣味」であったのが、「くろうと」の資格をとったのである。

 地元の同好者に囲まれて日をおくっていたようである。

 昔義太夫の名人に「くろうと」と「しろうと」の違いは何でしょうかとたずねたら、「しろうと」はうなればうなるほどお金が出てゆくが、「くろうと」はお金が入ってくるものですと。

 戦後若い師範が大金で迎えられているのをよそ目でみながら、「趣味(芸)は身をたすくんだよ!」とつぶやいていたことを思い出すのである。

  ギリシャ語の「テクネ」がラテン語の「アルス」になったといわれているが、わが国では「芸」「芸術」といわれているものは、もとをただせば「技術」である。その技術が飯のたねになるのであろう。

 生誕250年といわれるW.A.モ−ツアルトは父L.モ−ツアルトに小さい時から特別に教育されたという。

 音楽の世界では3歳位から「天才!」といわれる人は多いし、一生芸術家として皆を楽しませてくれる。

 オペラと同じ頃誕生したといわれる歌舞伎の世界では子役の時から鍛えられるようである。

 人間国宝といわれた方に子供の頃鍛えられて、反発し、自分の道を歩んだものの、今はその「芸」が世に受け、亡くなった父からもっと教えられていたらとインタ−ビュ−で述べている方(ピ−タ−)がいた。

 卓球の「愛ちゃん」も小さいときからと思っていたら、父から特訓を受けている男の子の姿が放映されていた。

 ゴルフの「藍ちゃん」しかり。

 スケ−トで「とんで、とんで、とんで」と優勝をさらった浅田真央ちゃんは年令制限のためにトリノではみられないとか。

 今は10代の人々が世界の脚光をあびる世の中になった感じがするが、年令制限の意味がいろいろ論説されている。オリンピックでの優勝者はそのあと世界を回らなければいけないとか、スケ−ト連盟のきまり(収入?)になっているとか解説があった。

 青森で保健活動で下北をまわったとき、子供は一人前の稼ぎ手であった。魚とりの。保健活動の難しさを感じたものだった。

 「消防車の運転手」になりたいといっていた小学校の同級生がいた記憶があるが、今は「野球の選手」「サッカ−の選手」などが上位であるようだ。契約金などにまどわされるのか、かっこう良いと感じるのであろう。スポ−ツ選手は将来何で飯をくってゆくのであろうか。 

 「医師」とか「看護師」が上のほうにあるようだが、今の若い人達は何になってみたい「夢」をもっているのであろうか。

 「夢」でめしが食えるかが親がいう言葉であるようである。

 お笑いといわれる人達が毎日ガンバってやっている。

 「夢」をもてることは羨ましいとは思うものの、体がよければ「軍人」になるほかなかった時代に学校を卒業し、そして海軍を選び、「軍医」になった。  

 軍人になることが「夢」ではなかったが、なんとなく成績がよければなれたので「医学部」を選んだ自分のことを思う。医師免許状はもらったが、実際の医者はやらなかった。

 その後たどった道を振り返って、「教授」にはなったが、停年になったあと「月給のはこびや」であった自分を思った。 

 「生きるために戦うのだ」というセリフが正月のドラマで語られていたが、人間基本的には「どのようにして生きるか」ということであろう。

 憲法改正で話題になっている「軍隊」とは何であるのであろうか。

 お国のために戦った兵隊さんよ有り難うという歌が記憶にある。戦死すれば遺族にも恩給がついたという記憶もある。

 自爆テロの若い人達の気持ちとかさなる記憶である。

 国同士の戦争は今後なくなるのではないか。なくなってほしいと思う。

 戦争に勝つ目標のためには、どんなことをしても納得されることになるのか。

 麻薬・偽金・拉致・原爆・大量殺戮などなど。そんな殺し合いの世の中にはなってもらいたくない。

 陸軍・海軍が無くなって、官僚がのこって、今それが問われているようにみえる。

 軍人達は戦後どのように生きてきたのであろうか。日本の医学は海軍出身者でもってきたという話が記憶にある。

 どうせ生きるなら「人を殺す職業」「人を殺すもとを作るような職業」より、「人の為になることをして生きていける職業」のほうが良いと思うのだが。

 「オタク老人のひとりごと」のNO.4である。(20060108)

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