大統領からくじらまで

 

 この題は心臓病予防の父・ホワイト博士(Paul Dudley White: My life and medicine)の自叙伝を日本心臓財団設立十周年記念事業の一つとして翻訳・出版したときの本につけられたものである。

 大統領とはアイゼンハウア−大統領のことである。

 ホワイト博士が青年医師の時代に銛に電極をつけてくじらを追いかけて心電図を記録しようとしたことから心臓発作をおこした大統領の治療にあたったことまでという自叙伝につけた題である。

 

 「私はこの章で世界的に名高いアイゼンハウア−大統領の治療について私が担当したときのことを詳しく述べるつもりだ。

 しかしそれは私が有名な人物の治療をしたからではない。

 冠状動脈性心臓病の発生率が増加一途にあるが、それが必ずしも致命的ではなくまた不治の病気でもないことを一般大衆に知ってもらう必要があるからである。

 アイゼンハウア−大統領が心臓発作を起こす前の少なくとも二十年間、私たち心臓学者は類似の急性発作を起こした後正常な活動能力を取り戻して長い間生存した多くの患者が増加しつつあるのを知っていた。」と書いている。

 大統領選再出馬に際して「彼が望みかつ国家が要求するならば、大統領が第二期の任務を続行する上で肉体的な支障はない」とのホワイトハウスの声明文が発表された。

 「そして私たちは”この選択は彼のものでありわれわれのものでない”とつけ加えた。これは彼はこれから”五年ないし十年近く”活動し得る望みがあるという予見を意味するものであった。」との判断を示した。

 再任のあと二回目の在任期間中およびその後死亡するまでのエピソ−ドが書かれている。

 

 ホワイト博士は世界平和についての夢をもっていた。

 そして博士の後半生は「心臓病の予防」にそそがれた。

 「私たちはこの病気にかかった中年および老年期の人たちを回復させるために最善の努力をする一方、この病気のために子供の時からその作業をはじめなければならない。」といい、その活動をするためにアメリカ国内にとどまることなく世界に足をのばした。

 昭和四十五年に日本心臓財団が発足することになったが、ホワイト博士はその生みの親ともいえる推進者であった。

 発会式に来日された博士は東京の日本工業倶楽部での記念講演に立たれて、心臓病を予防し健康を永く保つための日常の心がけとして、

 ”Do not grow fat, nor smoke; Walk, walk and walk"(太りすぎるな、煙草をすうな、歩け、歩け、そして歩け)といわれた。

 

 博士の歩け歩けの主張を裏づける秘話がある。

 アイゼンハウア−大統領を往診する幾度目かの折、迎えの自動車の手違いのためかワシントン空港からホワイトハウスまで歩かれたというのは噂ではなく、本当であったという。

  疫学のテンデイ・セミナ−に参加された順天堂の牧野毅博士がレセプションで八十歳をこしたホワイト博士に「長寿の秘訣」をたずねたら、手帳に一から四まで書かれ、後に五は思いだしたからといって付け加えられたという思い出を「心臓」の海外だよりに書いている。

 No obesity(太るな)

 Keep walking(歩きつづけよ)

 Don't smoke(たばこはのむな)

 Never retire(引退するな)

 Inherit long lived ancestors(長生きした先祖からもらう素質)

 ホワイト博士長生きへの道 五つの教えというところであろう。

 一九七0年のロンドンで開催された第六回世界心臓学会で高血圧の成因としての食塩因子についての私の発表は聞いて戴いたものだと思うが、八十六年のワシントンでの第十回世界心臓学会ではホワイト博士の記念切手が出された。

 そして未亡人が初日カバ−のサインをしていた。  

     (弘前市医師会報,222, 34, 平成4.4.15.)

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