コロトコフ

 

 「コロトコフ」とは聴診法による血圧測定のとき聞いている血管音について初めて報告した人のことである。

 今から50年も前医学部の学生だった頃内科診断学で習った血圧測定法はすでに聴診法であった。

 西川義方著「内科診療の実際」がただ一つの参考書であった。すでに「エツチンゲル・スワン氏聴診点」を示す山形三角の図がのっていて、衛生学でもポイントテスト(起立時の血圧変動)などでタイコス血圧計を使って実習したことを思い出す。

 弘前大学へきて脳卒中の予防を目標に高血圧についての疫学的研究を開始することになったときに最初に考えなければならなかったことは血圧測定法の標準化の問題であった。そこで改めて「コロトコフ」に注目せざるを得なかった。

 「三八式当てにならない血圧計」という新聞記事がのったことがあった。「三八式」とは旧陸軍の三八式歩兵銃をいう言葉で、明治三十八年式の略である。その1905年がコロトコフが聴診法の原理につながる血管音について報告した年であった。

 いつどんな形で報告したのか。

 高血圧の古典についての文献(A.Ruskin:Classics in arterial hypertension)には「Nikolai Sergeyevich Korotokov (b.1874)」とあり、1905年ペテルスブルグで報告したとあった。

 エッチンゲルとかスワンの原著は見ることができたが、コロトコフの原著は見つからなかった。ソ連大使館に問い合わせたこともあった。何も返事はなかった。1982年第9回世界心臓学会がモスクワで開催されたとき歴史的な文献の展示を期待したがそれもなかった。

 あとで分かったことだけれど私がアメリカへ出張していた1966年医学部図書館へ来ていた文献(Bulletin:Cardiovascular Research Center.Vol. 5(2), 1966)にオリジナルの論文を紹介した文献があった。またコロトコフの顔写真が(B.M.J.U, 982, 1979)に載った。それを合成作成したのが図である。

 ロシヤ語が読めないので福士襄君(現弘前大教育学部教授)に訳してもらった。

 

  「血液の圧力の追跡についての問題」

@報告者は、自分の観察の理由の上にこのように結論している。すなわち正常な条件のもとで十分に圧迫した動脈はどんな音もない。

A彼はこの現象を利用して、人々の血圧の判定に、音の方法を提起している。

Bリバ・ロッチの套管を上膊の中央1/2の所に被せる。

C套管内の圧力を、套管の下の血液循環が完全に中止するまで、早く上昇させる。

Dその後、マノメタ−の水銀は、自由にして降下させ、(子供の)小さな聴診器で套管の下ですぐに動脈を聴診する。

Eはじめはいかなる音も聞えない。

Fある高さまでマノメタ−の水銀が降下した際、第1の短いト−ンが現れる。出現したそのト−ンは、套管の下で脈波の通行の部分を意味する。

Gマノメタ−の数字の結果は最初のト−ンの出現は最大圧に対応している。

Hその先のマノメタ−の水銀の降下に際して心臓の収縮の圧縮の騒音が聞え、そしてその騒音は再びト−ン(第2)が移る。

I終りに、いつも音が消える。音が消失したとき脈波の自由な解放を教える。換言すれば音の消えた瞬間、動脈の最小血圧が套管の圧力を越えたということになる。

Jしたがって、この時マノメタ−の数字は最小血圧に一致する。

K動物の実験は、明確な成績を与える。

Lよい脈膊を感知するためには、第1の音の出現するよりも早く(10-12mm上に)、脈波の部分より大きく突破することが必要である。  

 

 英訳した文とほぼ同様であった。

 ただ名前は日本ではどなたも「コロトコフ」と書いているが、英語の場合末尾のつづりが(ff, v,w)と色々であった。

 血圧測定にかかわる「うら話」は退官記念講演のとき話をし(衛生の旅 Part 3)、自動血圧計についての覚書は先日日本医事新報(3542号)に書いた。

  (弘前市医師会報,226, 49-50, 4.12.15.)

目次へもどる ホ−ムペ−ジへもどる