専門バカの話

 

月刊「健康」とは「食塩と高血圧」(12/'71)を寄稿して以来のおつきあいだが、専門以外の博学の文章にぶつかって勉強になることが多い。

 「健康」を話題にするものが多いのは当然だが、「健康」とは「現在中国語にも健康という熟字はあるが、中国の古典には見つからない。ヘルスを健康と訳したのは日本人で」(12/'90)とあったり、「健康という二字の漢字は、いうまでもなく中国語が日本語となったものである」(5/'85)とあると、専門外の者にとってはどちらが本当か分からない。人文系の学者の見解の相違だろうか。

 また一般的にいって人文系の方の健康についての知識はだいぶ昔聞いたことにとどまっていて、それが「私の健康法」になっているように思われる。

 自然科学は学問の進歩とともに変わっている。これは科学的証拠の積み重ねがそうさせるものだと考えたいのだが、といって自然科学系の者の書いていることが、矛盾がないということではない。かならずしも全部の「医者」がその方面の専門家ともかぎらないので、われわれでも、おや!と思うこともある。

 この冊子にも病気についての「専門家」の解説文がのることがあるが、一般向けの本であるためか、はっきり割り切って書いてあるものが多い。やっぱりあの先生の本心はこうであったのかと思うことがある。 

 いつだったか循環器の専門家ともいうべき先生が、「今度厚生省が食塩一日十グラムときめましたね、私の病院など給食で法律違反をやっている」とおっしゃった。

 法律違反はともかくとして、十グラムに「以下」がついていることをご存じない。

 そのときアメリカで「一日約五グラムに減少する」ことを目標にしたことも、それが日本の研究を参考にしたこともである。

 一般によくいわれる「WHOの高血圧の定義」などというものはなくて、あるのはWHOの専門家会議のその時々の見解であると思うのであるが。

 医学の分野でもこんな具合だから、専門をちょっとはなれると、同じ専門家でも的外れのことを書いたり、しゃべったりするもののようだ。

 今度「一日一個のりんごは医者を遠ざける」の諺について現在までの科学的証拠をまとめて「りんごと健康」という本を第一出版から出したのだが、いざとなるとわからないことだらけであるというのが、まとめの結論であった。

 でも自分の学問に忠実に生活するために、「塩少々と低塩を心がけ、りんごは毎日一個、たばこはやめて・・・」と生活しているのであるが。

 矛盾するようではあるが、自分としては専門バカにはなりたくないが、ほんとうの意味の専門家の情報だけを知りたいものだ。

 (月刊健康, 365, 30-31, 1991.5)

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