翻訳の問題

 日本の首相の発言が相手国の人を著しく傷つけたことが問題になったことがあった。

 「知識水準が低い」と言ったことであった。

 アメリカの新聞はこの言葉を「インテリジェンスのレベル」と訳して報道したそうだ。

 一寸の虫にも五分の魂があるというが、人や動物の理解力に当たるインテリジェンスのレベルが低いと決めつけられれば人間誰でもむかっとするだろう。

 せめて読み書きとか教育の程度に当たるリテラシイとかエヂュケイションのレベルと訳していたら問題がなかったのに、首相の陳謝はともかくとして日本の外交関係者が何故英訳が不適であったことに気づきその説明をしなかったのか不思議に思いましたと、アメリカに住んでいる従兄弟がいってきた。

 「日米構造協議」と日本ではなっているが、英文では「ストラクチュラル・インペヂメンツ・イニシエイション」である。直訳すれば構造上のいくつかある障害の改革を始めようというのであるから、日米お互いにどのような共通理解にたっての話合いであろうか。当事者に聞いてみたいものである。

 天皇のお言葉の翻訳もむずかしい。

 「痛惜」とはわれわれの年代でもその意味がとりかねるのだが、これは「リグレット」と訳された。 高峰三枝子さんが亡くなって「痛惜」という方もあったと報道されたが、「リグレット」は(前非を悔い)(悪い事をして悔やむ)と外国には受け取られたようだ。

 中国の黄帝がイエロ−・エンペラ−と訳され、映画のラスト・エンペラ−もなんとなく解る気がするのだが、天皇のことを日本のエンペラ−と訳されると、エンペラ−がロ−マのエンペラ−の流れをくむといわれているからどうもしっくりしない。いっそのこと日本のテンノ−という言葉が外国に理解されることが必要なのではないか。ノ−キョウとかゼンのように。

 国際化にあたっての相互理解はなかなか難しいが、これを乗りきらなければ世界の平和はない。

(日本医事新報,3457,60−61,平成2.7.28)

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