癌についての公衆衛生学的問題点

 

 日本人の死因別死亡率の順位の第1位が、昭和26年以来結核から脳卒中にとって変わり、死亡の絶対数が年々増加の傾向にあったとき、この様な死亡率(粗の死亡率)の数値とか死因の順位が第1位になったとかいうことが、はたして公衆衛生学上の問題点になり得るのであろうか、と論じたことがあった。

 そして年齢別の死亡率の上昇曲線が諸外国と比較して日本が、また国内でも地域的に東北地方が若くはやく死亡率曲線が上昇することから、それをその当時としては手軽に得られて計算が簡便な指標として、30歳から59歳の人口でその間の年間事件数を割って得られる「中年期脳卒中死亡率」を計算し、この数値は脳卒中についての疫学的研究の手がかりになるし、またその数値に公衆衛生学的な問題が提出されていると思うと述べたことがあった。(日公衛誌・4巻・昭32,公衆衛生・22巻・昭33)

 社会生活上最も重要な年齢と思われる中年者の死亡数が、東北地方は全国平均に比べて多いし、最低率の四国の値をもとにして計算するなら、一年間に約2200名多く死亡していることになる。これだけの問題がありながら、殆ど公衆衛生的に手が打たれていないのはどうしたことであろうか、世の不思議といわなければならない。個人としては何歳で死亡しようとそのことが問題となり得るが、公衆衛生学的な立場は、ここで示すされたような、はなはだしい地域差、死の不平等をなくすよう研究し、手を打つことがさしあたっての問題ではないかと考えると述べた。

 そしていろいろな研究も展開し、特に疫学的な立場からその成果を述べてきたが、30年以上たってようやく目標生存年齢に達せず失われるライフ・ローストの数値にこの東北地方の脳卒中の死亡状況が全国平均なみに低下の傾向がみられてきたことを最近報告した。(厚生の指標・35巻・昭63)

 このような死亡についての見方を持つ者にとっては、最近の悪性新生物(癌)について、どのように公衆衛生学的の問題点が把握されているのか疑問に思われる。

 以前の首相の時代の昭和58年に「対がん10か年総合戦略」が策定されているが、がんの本態解明をめざす研究が主で、そこに掲げられた項目からは日本人の癌について公衆衛生学的問題がどの様に把握されているのかは明かではない。

 もう35年も前になろうか、日本公衆衛生学会が開かれたとき、アメリカからきた特別講演者が、アメリカでは癌で死ぬ人より癌で食べている人の方が多いとか、冗談ともつかず云った言葉が昨日のように耳にのこっている。

 癌の死亡は死因の第1位、なお増加の癌、これが新聞などパンフの最初に書いてある。また癌の研究の学術雑誌の必ずといってもいいほど書いてある「まくら」の文句である。

 一体日本では癌について公衆衛生学的問題としてどの様に意識して研究をし、行政を行っているのであろうか。

 実際上の衛生教育の立場からは、20年前の早期発見即刻治療だけでなく、生活上の諸問題、とくにタバコとか食生活上のライフ・スタイルにその重点が変わってきたことをしゃべってはいるが。(1・9・5)

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