文明化とは食塩化

「文明化は食塩化ということである」とTVのインタ−ビュウに応えてしゃべったことがあった。

 1970年イギリスのロンドンで第6回世界心臓学会が開かれ、高血圧の成因という円卓会議(round table session といっていた)によばれて、高血圧における食塩因子について報告した時であった。

 最初の招聘状はまだ私がアメリカにいるのではないかとミネソタ大学の研究室宛であった。

 この報告の中心になったものは、日本の食塩と高血圧の状況、そしてグロ−バルにみたら人々の加齢とともに血圧の水準と分布はどのようになるかとの私なりの血圧論による日常食塩摂取量との関連を報告したのだが、それはアメリカで一年間世界中のこの方面の文献を読み整理し、一つの作業仮説を得たときであったからだ。

 それを一言でまとめれば「 Civilization is saltization 」になったのだ。 

 高血圧が世界の問題になってきたときであり、その原因がいろいろといわれていた時でもあったので、この円卓会議で他の人が全くふれていない食塩について、それでいて北ヨ−ロッパでは日常かなり食塩をとっている人たちが多いので、このはるかかなたの東洋からきた一学者が高血圧における食塩因子という題で一体何をしゃべるか興味があったのだろう。別室によばれてのインタ−ビュ−であった。

 記者諸君に私の発表の意味するところが理解できたであろうか。

 TVに放映されたと思うが手元には記録はのこっていない。

 しかしこの報告によって、日本の高血圧の実状と、 また世界一食塩摂取量が多いことも報告されたから、もしかしたら高血圧に食塩も関係しているのではないかと考えさせることになったのかと思うのである。

 実際その後世界中から食塩と高血圧についての疫学調査の結果は多く報告されるようになったし、食塩説に反対する研究論文にも私の Jpn. Heart J. (1962)掲載の論文をよく引用している。

 Civilization is saltization が 文明化は梅毒化であるという言葉からでていることは、公衆衛生を勉強した方にはすぐ分かると思う。私もその言葉を覚えていたし、だからつい英語として口にでてしまったのだと思う。

 しかし日常摂っている食塩をこのようなかたちに理解したことには、その基礎に私の食塩文化論がある。

 人々が何故食塩を口にしはじめたか。それには世界の食塩の旅が始まるのだが、わたしの興味はひろくそれと健康とのつながりである。

 

 イタリヤのナポリの駅であったか。アメリカからヨ−ロッパ旅行にきていた女子大学生のなん人かが、駅で売っていたコ−ラを口にして、「This is America」 とか言い合って、自分の国を思いだしていた風景を今思い出す。

そしてそのときコカコラは世界中どこにいっても売っており,どこでもその言葉は通じていた言葉から,Civilzation is cocacolization とつぶやいたことも思い出すのである。

 

 食塩のことはその本質を理解するのは難しいと思われる。人間の健康との関わりが人の頭に浮かび記録されたのは数千年も昔のことである。だから今さら新しい発見ではなく、われわれはその証拠をいかに科学的になっとくいく形で明らかにしていくことではないかと述べたことがあった。

 こと食のことになると、人の好みというか、主観がはいる。主観を科学の学問ではどう扱うのか私には分からない。

 グロ−バルにみた食塩と高血圧との関連についての疫学的研究としてWHO の Intersalt study や CARDIAC study の結果が報告されるようになった。その時になってもまだ学術雑誌(Brit. J. Med. 1988)の巻頭言に食塩説に批判的と受け取られる「Salt saga continued」と書く学者もいるのである。Sagaとは、古事記とか伝説と辞書にあった。 (64・1・2)

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