高血圧と食塩(対談)

 (昭和58年12月13日赤坂プリンスホテルにて)

 中村治雄(防衛医科大学校第一内科教授):りんごをよく食べているところではあまり血圧の高い人はいないと先生は指摘されておられます。それと食塩との間には密接な関係があると思いますが、一体何がヒントであったのでしょうか。

 

食塩と高血圧とリンゴ

 

佐々木:私は東京生まれですが、昭和29年に弘前大学へ行ったわけです。そうしますと、弘前の言葉では「あだる」というのですが、卒中が多いのです。しかし、その理由がハッキリしません。ただ「あだった」人の血圧が臨床的に高いことは大体わかっておりました。ですから、多分血圧と関係があるだろうということです。

 病院や診療所に来る人の血圧はわかるのですが、一般に生活している人の血圧はハッキリしていなかったのです。その人たちに疫学的なアプロ−チを行ったのです。リヤカ−に血圧計を積んで、わらじ履きでという感じで、村から村へ歩いて行って、そこで生活している人たちの血圧を測定したのです。

 また、一方には死亡統計の分析がありますね。それでみますと確かに東北地方に脳卒中死が多いのです。ただ数が多いだけでなくて、私どもは中年期(30-59歳)死亡率といっておりましたが、若い働き盛りの人たちの死亡率が高いのです。その中でも、青森は低い。これがまず第一のヒントでした。また青森の中でも南部と津軽とで違います。南部は秋田と似ておりました。このようなことがわかってきたのです。これはいわゆる疫学的なアプロ−チによる研究のはじめの順番にあたるものです。

 先程申しましたように、血圧を測って歩きますと、秋田には260mmHgまである普通の血圧計でも測りきれない人がたくさんいたのです。この人達は普通に働いていて、自分では何も自覚していない人たちです。

 もちろんこれらの研究は私どもが最初にやったわけではなく、古くは西野忠次郎先生などの脳溢血の研究がありましたし、東北大学衛生学の近藤正二先生などが、東北地方に若い働き盛りの人に脳卒中が多いといわれていわれていたのです。しかし、血圧は測定しておりませんでした。

 それから、食塩の問題でいいますと、千葉大学の福田篤郎先生が、始めて尿中のクロ−ルを測って秋田県の農民で1人1日26.3gという値を出されておりました。こういうものを文献として見ておりました。

 それでは、なぜ青森と秋田が違うのかということが当然考えられるわけです。そこで、親・兄弟という遺伝因子も含めて、あらゆる因子、衣食住、労働も含めて生活環境の分析から始めてみたわけです。まず寒さですが、北海道とはなぜ違うのかとか、いろいろなものをneglectしていって、そのうち食生活が浮かんできたわけです。

 ところがその当時は、日本だけでなく世界的に、高血圧と食塩との関係はないという説が有力だったのです。今でもそのようにいう人もいるわけですが、どうもおかしい、食塩との関係はありそうだと考えたわけです。

 実はその頃(昭和30年頃)から検査室で炎光分析(flame photometer)がようやく使い始められたのですが、これをfieldで使ったのは私どもが始めてだと思います。

 先程お話したように、福田先生はクロ−ルの方からやって食塩として換算されたわけですが、ナトリウム(Na)とかカリウム(K)などが測るのが大変でしたが、flameで簡単に測れるようになったわけです。今ならごく普通ですが、fieldで集めてきた尿を分析して、NaとKの問題が出てきたわけです。

 ちょうど同じ時期に、つまりサイアザイド系薬剤が売りだされる少し前の頃だと思うのですが、1950年代からアメリカで、慢性食塩中毒の実験が行われていました。ラットを使っての慢性食塩中毒の実験的な研究報告がボツボツ出てきた段階で、Kがprotective effect(保護作用)をもつ、つまり慢性食塩中毒で早死にするラットの飼料にKClを加えると長生きするという成績が実験の結果出てきたのです。これは私たちの成績とよく合いますし、何か使えそうだなと思いました。

 私は、リンゴと高血圧の関係を考えたときはじめはビタミンCを考えたのですが、リンゴを食べていると常にビタミンCが飽和状態になっているかといいますと、リンゴ地帯の人々が必ずしもそうではないのです。

 そこで別の方向を考えたのです。Naの問題と、Kの問題については文献上、あるいは教科書を読んでも、当時の日本の学説としては、KをとるからNaをとらなければならないとか、Naをたくさん摂取しなければいけないとか、そういう説になっていたのです。これに疑いを持って、なぜそういう学説が出てきたかを追究しながら、動物実験で示されている慢性食塩中毒についてのKの保護作用というところで大体ゆけるのではないかと考えたわけです。

中村:なるほど。それでリンゴにぶつかていったわけですね。これはまったく卓見であったと思っております。

佐々木:いえいえ、私がたまたま弘前というリンゴの産地にいたことと、もう一つは、今と違って毎日の食生活が単純でした。

 お菓子もありませんから、子供たちももっぱらリンゴをかじっていたわけです。ですから実際に血圧を測り始めたとき、大人の血圧だけでなく、中学生や小学生の血圧を測定し、秋田と津軽とを比べた成績も初期からあるわけです。ですから、その段階から何か関係がありそうだということは、ヒントとして大体得ておりました。

中村:臨床生理学的、生化学的な知見で、potassiumのprotective effectという、先生が最初に推察なさったことが最近裏付けられてきて、当時の先生のお考えは素晴らしいものだなと思います。

 最近の「食塩と血圧」に関してどのような新しいことがあるでしょうか、現に、東北ではどのようなことが見られているのですか。

 

食塩摂取量

 

佐々木:食塩がどこから入ってくるのかということを考えましたところ、初めにぶつかったのが味噌でした。農林省から全国の市販の味噌の食塩分析値が出まして、これが脳卒中死亡率と相関して、東北が高値を示しておりました。当時は信州が全国の味噌のシェアをほとんど持っておりました。早速聞いてみますと、東北地方に売る味噌は食塩の濃度を高くすると聞いたことがありましたが、味噌の食塩濃度に地域差がありました。

 それからもう一つ、東北の食生活は、いわゆる都会人の食生活の中の味噌のとり方、たとえば1杯、2杯飲むというとり方とは異なるのです。一度の食事に味噌汁を何杯も食べるのです。

 また、お茶を飲みながら漬け物をたくさん食べるのが普通の食生活でした。お酒もたくさん飲みます。こうした単純な食生活が問題で、結局塩蔵物に頼る食生活が長く続いてきたことが基本にあるのではないかと思ったわけです。

中村:食塩の量は、最近はどのくらいまで落ちているでしょうか。

佐々木:近頃になって24時間蓄尿で調べるということがいわれていますが、それを20年前に、地域の人に協力していただいて、26人に、3日連続で調べたことがあるので、それとまったく同じ方法で20年後に(一昨年)いたしまして、平均値として17.0gから11.9gに低下しておりました。これは一つの証拠になりますから、”The Lancet”にもだしましたし、”弘前医学”にもオリジナルを出したわけですが、それは具体的な証拠だと思っております。

 これは食塩の問題ですが、その20年間に、1年に1-2回づつ、血圧をずっと測っている資料もあるわけです。個人の血圧が全部わかっているわけです。個人の血圧の推移がよくわかっておりまして、それがこの場合必ずしも上昇せずに、むしろ逆に、20年歳をとって下がるくらいな感じです。このように食塩が減少したことと、歳をとっても血圧が上がらないということは、食塩についての疫学的な一つの証拠ではないかという意味で論文にまとめたわけです。

中村:それは追跡調査という意味で、非常に貴重ですね。

 昔私も、衛研などの調査で、秋田などでは食塩を28gくらい摂取していたと伺っておりました。最近では全般的にみて大体どのくらいまで下がっているのでしょうか。

佐々木:大体11g程度ではないでしょうか。というのは、衛生教育もかなり進んできておりますからね。

 

食塩摂取測定法

 

 もっとも食塩の問題は、どういう測定法で調べたかということがあるのですが、国民栄養調査の成績で公になっているのが、全国平均で12.5gですが、近々発表になるのはおそらくそれを下まわることになるのだろうと思います。それでもその段階で東北では15gというわけです。

 ところが、これは大人も子供もすべて一緒にしてしまっておりますし、食品分析も加重平均によっております。これは東邦大の平田清文先生が関係しておられるわけですが、同じ方法でやっておりますから、それはそれなりのデ−タですし、国際的にみても非常に貴重な資料と思います。

 それでは実際にはどれだけ摂取しているのか、国際的に尿でしらべようということが今論じらえれております。そこで24時間尿をとるとか、あるいは1日だけではだめであるから7日間くらい続けようとかいわれております。

 そこのところで私どもは、疫学的な面から簡便にといいましょうか、尿の収集と運搬(collection and transportation)の方法として、濾紙を使い、尿をつけて、乾かし、アルミに包んで送ると、世界中どこでも調べられる方法を考えました。基礎的なところは私どもの竹森幸一助教授が報告しておりまして、現在は応用の段階に入りました。

中村:濾紙を使うのは非常に簡単ですね。

佐々木:この方法がなぜよいかと申しますと、Na、Kは今までの方法でもよいのですが、クレアチニンが安定なのです。防腐剤などを使わなくても、自然に乾かしておけば1年位経過しても安定です。

 今、私どもはこれで実際にデ−タを出しておりまして、パプア・ニュ−ギニアの調査に行った人たちからの尿の試料を送ってもらうとか、フィ−ジ−島とか、globalの立場でやろうとしております。そういたしますと、私たちのやり方でも”no-salt”cultureの人たちの食塩の摂取の状態が大体わかりました。パプア・ニュ−ギニヤの奥地の現地人の尿中食塩は非常に低いのです。しかし、近代的なところでは少し高くなります。しかしこれと比較して、日本の状況は格段と高いですね。

 

何故日本人は食塩摂取が多いか

 

中村:Dahlの論文を見ますと、マ−シャル群島の原住民は7gくらいということですね。ああいうlow saltで生きている人たちに比べて、日本人は異常に高いですね。これはどういうことによるのでしょうか。

佐々木:私は「食文化」という言い方をしているのです。

 要するに、地球上の人間がどういう形で塩を摂りはじめたかという長い食文化を考えなければいけないということです。私自身の興味としては、世界の塩の旅をしてデ−タを集めているわけです。日本の東北は、たまたま塩蔵物に頼った形で生活しておりましたが、世界でもまれに食塩摂取量の多い例なのです。

中村:われわれは食塩をどのくらいまで抑えるのが一番よいのでしょうか。

 

至適摂取量

 

佐々木:理論的には収支の平衡がとれていれば少ない方がよいと思います。

 Globalな立場で、いろいろな地域の人たちの血圧を調べてみますと、これは平均値だけではなくて、100人いれば100人の血圧がどういうふうに分布しているかという見方をするわけですが、そういたしますと、非常に大ざっぱにいって、食塩を1日5g以上は摂取していないところでは、血圧が大体がいわゆる正常範囲におさまります。最高血圧の平均を120mmHgとして、標準偏差を10にすると、上限が150mmHg、下限が90mmHgくらいになりますが、この範囲におさまる値です。それを越す血圧の分布が出てくるようなpopulationでは食塩を5g以上とっております。ですから東北の食塩摂取が1日20gとすれば、その100人の血圧が高く幅広くなります。

 今話題になっているのは、同じ食塩でも個人差があるだろうということです。

 確かに、私どもの20年間の成績を見ても、東北地方でもずっと100mmHgぐらいで歳をとってゆく人もあります。その人にとって見れば、食塩はあまり関係がないかもしれません。ですから、それがいわゆる動物実験でいうsalt sennsitiveとか、salt resistanceの問題が、人間の中にもあるだろうと思います。ですからそのfactorを基本的には知りたいと思います。

 しかし、これは人間についてはまず非常にむずかしいことですが、いずれの日にか明らかにされるだろうと思います。

 ですから、先程のお話の「どこまでへらせばよいのか」ということは個人的に違うと思います。ただ、全国的な調査でみますと、3歳児ぐらいのところでも摂取食塩のレベルが違うのです。これは今度公衆衛生雑誌に出しますが、母乳から離乳食に変わっていった段階ぐらいから、長い伝統のある食生活の影響を受けていると思います。

中村:集団を扱っていらしゃる先生が、いわゆるsalt sennsitiveの人と、salt resistanceの人それぞれの摂取量がちがってもよいだろうというお話を伺って、私は大変感銘を受けました。

 臨床の立場ですと、個々によってどうも違うと思います。

佐々木:いわゆる疫学者は、平均的でものをいっていた時代があるのです。それはそれなりに意味があると思うのです。それは全体的な問題を提示することができるけれども、基本的には個々であるということです。

 その個々についても、疫学の中で、大体証明できる時代になってきました。そういう証拠を揃えてきたわけです。ですから東北でも、食塩をずっと20gとり続けていても血圧が100mmHgくらいで長生きしてゆく人もいることがわかりました。

 しかしその反面、どんどん高くなる人もいるのです。そして若くして脳卒中でこぼれ落ちてゆく人も現実にいるというわけです。

中村:実地医家の先生が、患者さんの塩のとり方を指導する上で、どのようにしたらよいのか、何かヒントを与えていただけると有り難いのですが。

佐々木:「長い目で見る」ということが必要だと思います。

 一番評判の悪いのは、入院して減塩食を行って、食事がまずいということですね。それで抵抗ができてしまうと思います。30年も40年もかかって作り上げた高血圧を、1日や2日で治そうとすること自体が間違いと思います。

 私どもの立場からみて、若干手遅れだという人たちを治してゆくには、1年、あるいは2年、3年後にどのようになっているかということを十分納得させることです。

 そして非常によいことは、食塩を減らしてもそれに慣れてゆくと思うのです。急に減塩させないで、徐々にへらしてゆけば、人間は慣れるものです。私自身も現在7-8gくらいとっているという状態ですが、結構それでゆけるわけです。昔減塩するようにと指導した人に、現在会って聞きますと、その時から慣らしていってという人がたくさんおります。

 それでは、そういう人が具合が悪くなったかといいますと、悪くなっていないというのが私にとっては救いです。今の食生活では食塩の入った加工品が多いので大変ですが、気長にやってゆくとわりあいうまくゆくのではないでしょうか。

中村:具体的には食卓塩をつかわないとか、漬け物の量を減らすとかでしょうか。

佐々木:そうです。具体的には、たとえば塩味を慣らさせるために酢を上手に使うとか、レモンを使うということもありますが、問題はどこからNaが入っているかに気がつかなければいけないのですが、そのへんが食品工業との絡み合いで、実際には非常に難しい問題だと思います。

中村:もう一度最後に、このことだけは触れておきたいということはありませんか。

佐々木:若い人に気をつけていただきたいですね。

 私が一番最初にやりました時は、60歳を過ぎた人は問題にしませんでした。60歳まで生きた人はまずよいのではないかと思ったのです。

中村:なるほど。私どもが見ておりましても、危険は若い男性に多いようですね。

佐々木:やはり問題の中心は若い男の人ではないでしょうか。

中村:貴重なお話を承り、有り難うございました。

(臨床のあゆみ,4(3),5−8,昭59.3.)

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