生活と高血圧

 (昭和39年4月共同通信によって新聞紙上に掲載された)

 「高血圧」といわれたら、血圧を測ってもらい「あなたは高血圧ですね」といわれた時、どうしたらよいだろう。

 まず大切なことは、「自分はこれで病人になった」と思わないことである。

 中年になってはじめて血圧をはかった方は、「自分もいよいよ」と、とかくそう思いがちである。だが、血圧は生まれたときからみんなもっているものだ。

 そして世の中には、背の高い人もあれば、低い人もあるように、血圧にも高めの人も、低めの人もある。血圧をはかっただけで、病人と健康人を区別することはできない。また血圧が高いからといって、すぐあすにでも、脳卒中をおこし心臓病でたおれるといったものでもない。日本の中年以上の十人に四人は血圧が150ミリ以上あることがわかっている。自分もその仲間入りをしぐらいに気を楽にもつことがなにより大切と思われる。

 といって、それだけですませてよいというものでもない。

 高血圧の方は、やはり死亡の確率が高いことが実証されているから、やらなければならないことは沢山ある。

 医師の側からみれば、血圧を何回も測り、本人の血圧を十分知ることが大切だ。眼底をみ、心電図をとり、尿や血液の検査をやって、薬や手術で治療してゆける高血圧かどうか診断してゆく努力をする。このへんは医師にまかせておけばよいのであって、自分で心配する必要はない。

 ただ、現在の医療制度のもとでは、医師はたいてい、人を病人あつかいにし、薬や手術で治療してゆくもとによって、生活してゆける仕組みになっているから、それにしたがって患者をみていることを知っておかなければならないだろう。

 高血圧の場合、私には最も大切だと思われる保健指導に、医師が何時間かけようとも、一銭の金にもならないのだから、自由開業の医師には、保健指導を十分やるだけの経済的な基盤はない。だから主として税金によってまかなわれている保健婦さんたちが、この役をかっていることになる。

 高血圧にならないために、高血圧が悪くならないためには、保健指導の面で、よいといわれといることのうち、自分にあてはめることを考え、それを実践してゆくよりしかたがないことになる。

 高血圧の発生については今日の病因論をみると、一元説ではなく、多要因発生論の立場をとる人が多い。病気の発生に、その原因としての細菌やビ−ルスを求めて成功した考え方では、高血圧の解決ができにくいところから、その人なりに、いろいろな原因がると考え、それにたいする対策を、多方面からやってゆこうというわけだ。

 だから、学者は、関係があるかもしれない要因を次から次へと発表する。遺伝、酒、米、塩など。それぞれ一面の真理をつたえていると思われるが、要因は一つであると割り切った方、そのほうが頭が整理できる人には「いったい学者は何をいっているのだ」ということになりかねない。

 しかし、高血圧にならないために、高血圧が悪くならないためには、いろいろいわれていることのうちに、自分にあてはまることをみぬいて、よい方へ、実行にうつしてゆけば、その人は、必ず長生きできる。

 何が血圧を高め、何が血圧を低めるのか、それは人によっていろいろあろう。

 心のなやみ、苦労が重なるために血圧が高くなることもある。現代生活のひずみが高血圧をおこす。寒い冬は血圧が上がる。冬あたたかい生活をすることは健康生活の原則の一つでもある。ごちそうのたべすぎは悪い。あの戦時中の代用食時代に、血圧は下がり、脳卒中や心臓病は減った。あの当時中年をすごした方は、確実に5年は長生きしている。l

 リンゴが高血圧によいと発表したのは私だが、一つのヒントである。

 またわが国の脳卒中や高血圧の多いことに、食塩のとりすぎは関係があることを発表している。高血圧の方は必ず減塩食餌療法をうけるが、日本人全体についての減塩を考える必要はないだろうか。1日1人15グラムや20グラム以上の食塩をとっていることは、世界の注目の的であることを知っておくこともむだにはなるまい。

 (共同通信社,昭39.4.20.)

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