ストリップ

 

 数年前、北九州のある駅についたとき、「まずストリップへご案内したい」という出迎えを受けたのである。

 土地柄か、と失礼ながら頭をかすめたものがあった。

 ところが、案内されたところは、新しくできたなかりの「ストリップ工場」であったのである。

 鋼鉄の塊を、うすいブリキのような鉄板までうちのばし、細長くして、紙のようにまきとる作業を一貫してやる工場であった。

 ストリップという言葉には、なにも裸になるという意味があるわけではない。

 ほかにも、こんな話があったらしい。

 アメリカへ都市工学の勉強にいかれた先生が、教授から、「お前さん、アメリカへきてストリップをみなければ、何をみにきたのだ」といわれたそうだ。

 その先生、ふとボルチモアを思い、サンフランシスコを思ったという。ところが、「ではストリップをみにゆこう」とその教授はハイウエイを車でとばしてくれ、「どうだ、ストリップは」といわれたときには、いささかとまどったとのことである。

 あとでその教授のいったストリップとは、ハイウエイにそって細長い街が次々にできてゆく、そんな街をさすことがわかることになったという話である。

 ところが、文春にのったばっかりに、全米で一番日本人の人口密度が高かったボルチモアの劇場も火事にあったとか。あの案内の、たっぷりチップをせしめていた爺さんはどうしているだろう。4年前、トップレスという言葉がはやっていたシスコにも、最近ではボトムレスというのがあるそうだ。ロンドンのソホ−地区のそれは、会員になってもみる価値があるだろう。でもウエットいう点では日本の、いつかみた皆生温泉のが最高のようだ。

(実験治療,458,137,昭45.6.)

もとへもどる