学校保健にもっとお金を

 

 オリンピックはおわった。今回は建物のオリンピックといわれた。記念切手のデザインにそれがうかがわれる。また通信のオリンピックともいわれた。TVが全世界に同時に宇宙中継されたことはすばらしいことだった。これらにどれだけの金がつぎこまれたことだろう。日本の産業を世界に示す良いチャンスになったに違いない。そして十分ペイできると考えてのことだろう。

 だがその中で競技した日本人はどうだったろう。地元で開催された割には振るわなかったのではないか。人間につぎこまれた金が少なかったのか。選手強化費に、また国際試合の経験をますための海外遠征費につかわれた金はどの位だったのだろう。それよりもっと基礎的な体力の養成への投資が少なかったのではないか。さらにもっと広い意味の健康な国民の育成につぎこまれた金が少なかったのではないか。

 将来への可能性を一番もっている子供達の健康のために、充分の投資がされないようでは、いつまでもオリンピックには勝てないだろう。

 国体を迎えようとすると学校保健がなおざりになるという話がある。話がまったく逆ではないか。

(学校保健研究,6(12),1,昭39.)

もとへもどる