「あたった」話

 

 たばこ屋の前に立って、ほしいたばこをゆびさして、「ケ」と一言いえば、たばこが手に入る、いたって便利なここ東北地方に、「あたった」といえば、そのものズバリ話が通じる病気のあることは、あまり全国には知られていない。

 「あたった」といえば主語がない。一体何があたったんだと聞くのはやぼのこと、「家の人があたった」といって往診をたのみ、「やっぱりあたりでしたか」となっとくするこの病気の本体は何か。

 医学的には、「中枢神経系の血管損傷」、ひらたくいえば、脳卒中に分類されるこの病気は、半分は脳出血、あとの大部分は脳血栓と思われる。

 そのおこり方からいって、「ぼんとあたった」「びしっとあたった」「どたっとあたった」という。その症状が目にみえるようだ。

 幸いにいのちをとりとめた場合でも、「かすった」「かすられた」といって、身が不自由な半身不随の人が、大体人口1万に7・80人はこの地方にいることがわかった。

 年間約4,000人もの60才前の働きざかりの人が、毎年「あたって」死亡している事実がありながら、誰も手をつけようとしていないのはどうしたものか。

 青森県には、昔から「シビ・カッチャキ」という病気があったが、五所川原の増田桓一先生らの努力で、ビタミンB2の欠乏を主とする栄養失調症ということがわかり、今や”Shibi-Gatchaki”として世界的に有名になった。

 この東北地方の「あたり」も”Atari”と横文字にでもすれば、世の注目をあびることになるだろうか。

 とにかく、その本場にいるわれわれは、この「あたり」の研究に精を出さねばと思っている。

(日本医事新報,2071,53,昭39.1.4.)

もとへもどる