自動血圧計・覚書

                 

 島根医大の家森幸男教授が中心になって国際的に展開されているWHO CARDIAC STUDY1)において世界各地で測定された血圧は「Khi」(ヴァイン社)という自動血圧計によって測定されているが、このことは国際比較という疫学的研究における血圧値が客観的に測定・記録された血圧値であることに今までにない特徴があると考えられる。

 そのWHO CARDIAC STUDY調査のプロトコ−ル2)に書かれているように使用した血圧計は基本的にはわれわれが考案した血圧計を用いている。私はこのWHO CARDIAC STUDYの国際顧問でもあるので、ここに至るまでに主として自動血圧計について関係したことを述べておこうと思う。

 われわれは1954年東北地方住民の脳卒中・高血圧の予防についての疫学的研究を開始するにあたって血圧測定方法を一定にすることを考えた3)。

 しかし聴診法で測定した血圧値は国際的には必ずしも納得されなかったと思われ、客観的に血圧を測定し記録することが必要であると考えた。

 1966年シカゴで開催された第1回の客観的血圧測定法に関する会議に参加し、国際的な動向や問題点について知ることが出来た4)。

 またWHOから出版された心臓血管系疾患についての疫学手法の「循環器調査法」をブラックバ−ンと共に書いたロ−ズにロンドンで会い、彼が聴診法において基準にした血管音の録音テ−プをもらうことができた5)。

 1967年に開催された第2回日本循環器管理研究協議会において循環器疾患の疫学調査に関しての血圧測定手技のまとめをし6)、さらに日循協の自動血圧計検討委員会において市販の自動血圧計についての製品別や測定方法に関する問題点を指摘し7−10)、自動血圧計使用の際に一般的に守るべき手技について報告した11)。

 われわれは聴診法による血圧測定時のコロトコフ音の基準について検討し12)、血管音を録音したテ−プを用いて検討し結果を報告した13)。

 血圧測定の自動化への試みとしては蓮沼らと多目的自動血圧計(USM-1201〜4 植田製作所)を試作し、圧力信号と同時にオッシログラフ上に表示される血管音の波形による血圧値の認識方法を用いた血圧測定法を提案し、このシステムを用いれば客観的に血圧が測定できることを述べ、オッシログラフ上の血管音の波形における最高・最低血圧の認識点についての新しい提案として発表した14−16)。

 さらに三上らとそのコロトコフ音を電子計算機上で分析し、最高・最低血圧値を把握する方法について検討し、従来行われてきた聴診法による血圧測定法を基礎にして人間の聴覚・視覚にたよった主観的な認識によらない純客観的な方法について報告した17,18)。

 この考案は弘前大学で行われた研究によったので (Hirosaki Blood Pressure Measuring System)の頭文字をとってHBMSとして報告した19)。

 またオッシログラフ上で血圧値を認識できることがわかった時点でわれわれはヴァイン社の協力によって小型携帯用客観的自動血圧測定装置(VHS-005, VHS-006)を完成させた20)。

 家森らがWHO CARDIAC STUDYの構想をもったときその準備段階においてわれわれの試作品を示し、世界で行われる血圧測定は純客観的に測定されるべきであることを述べた。

 このような客観的血圧測定装置を国際的な疫学調査に採用するか否かについてWHO CARDIAC STUDY血圧部会(ドイル・シンプソン・佐々木)や全体会議などで種々討議された。私は血圧測定時の血管情報と圧力を共に同時に純客観的に示せば疫学的指標として役に立つものだとの立場であったが、従来の血圧測定方法による血圧値との比較、また直接法による血圧値との比較検討の必要が問われ、ザンケッチらやラバ−スらによる客観的血圧測定装置の検討が行われることになり、その結果により客観的に血圧が測定されることが報告された21)。

 しかしその血圧測定装置作成の費用はかさばったが、幸い日本心臓財団などの好意によって世界各地での疫学調査に必要な台数をそろえることの見込みがついた。そこで血圧測定装置の新製品作成はヴァイン社によってなされ、「Khi」と名付けられた。その測定およびデ−タ−処理は家森らグル−プ(島根医大)が担当することになった22)。

 「Khi」は純客観的に血圧値を測定する為に圧力信号と血管音信号を同時に記憶するシステムを備えている。従って「Khi」の測定結果とは別にコンピュ−タに圧力信号および血管信号を入力することにより血圧測定情報を開発したプログラムを用いれば両者を比較検討できるので純客観的に血圧測定が可能であることを確認した。

 われわれは自動血圧計を開発するにあたってその基礎的研究として、コロトコフ音についての検討、トランスデュ−サの位置、カフの巾との関連、小児の血圧、また聴診法では一般に聴診困難といわれている筋ジストロフィ−患者の血圧など、従来の聴診法との関連を検討し、疫学調査や教育システムへの応用、四肢同時の血圧測定への応用、デ−タベ−ス構築などについて報告し、現在小児期からの血圧の追跡的疫学研究が行われている。

 従来一般に広く行われてきた聴診法による血圧測定時の血管音を基本にして血圧を純客観的に測定・記録しようとすればわれわれの考案した方法はその一つであると思われる。

 血圧のような生体情報の客観的測定・記録は疫学的研究のみならず、臨床一般に必要であると考えられるが、この方法を一般化し国際的に納得されるまでにはどの様な点を最高・最低血圧値として認識するかのソフトウエヤ−の討議が必要と考えられる。

 

文献

 

1)循環器疾患の一次予防に関するWHO国際共同研究センタ−(島根医大):循環器疾患と栄養国際共同研究(WHO CADDIAC STUDY)pp.1-38.

2)WHO Collaborating Center on Primary Prevention of Cardio-vascular Diseases:CARDIAC Cardiovascular Diseases and Alimentary Comparison Study Protocol and Manual of Operations. Izumo, Japan and Cardiovascular Diseases Unit, WHO, Geneva. SHIMANE-GENEVA, July 1986.

3)高橋英次・佐々木直亮・武田壤寿・伊藤弘・跡部汀・高松功・秋山有 :東北地方住民の血圧 第1報 昭和29年度における測定成績. 弘前医学,11(4), 704-709, 1960.

4)佐々木直亮:疫学面よりみた高血圧.最新医学,22(6), 1142-1149, 1967.

5)佐々木直亮:衛生の旅 ロンドンの名所.公衆衛生,32(4), 223-225, 1968.

6)小林太刀夫:循環器疾患診断手技に関する研究,血圧小委員会報告(血圧班佐々木直亮他),第2回日本循環器管理研究協議会総会,日循協誌,pp.5-17, 59-60, 1967.

7)佐々木直亮:自動血圧計検討委員会中間報告.日循協誌,13(1), 11-19, 1978.

8)佐々木直亮:自動血圧計検討委員会中間報告.日循協誌,13(3), 213-220, 1979.

9)佐々木直亮:自動血圧計検討委員会報告.日循協誌,14(1), 13, 1979.

10)佐々木直亮:自動血圧計検討委員会報告.日循協誌,14(3), 197−200, 1980.

11)佐々木直亮:血圧測定の手技に関する研究.日循協誌,16(2), 43-44, 1981.

12)佐々木直亮・市川 宏:血圧測定法,とくに聴診法におけるコロトコフ音の基準について.弘前医学,20(1), 54-71, 1968.

13)市川 宏:血圧測定方法に関する2,3の基礎的研究.弘前医学,22(3), 365-381, 1970.

14)蓮沼正明:多目的自動血圧測定装置に関する研究(第一報). 日衛誌,29(1), 179, 1974.

15)Sasaki,N. and Hasunuma,M.:Objective recording of blood  pressure for epidemiological study on hypertension.  VIII World Congress of Cardiology, Abstract-1, 0997, Tokyo,  September 17-23, 1978.

16)蓮沼正明・竹森幸一・三上聖治・佐々木直亮:血圧情報の客観的表示 ・記録に関する試み.日循協誌,15(3), 97-107, 1981.

17)三上聖治・佐々木直亮:波形分析による客観的自動血圧計の試作について.日衛誌,39(1), 167, 1984.

18)三上聖治:血圧値自動認識処理システム開発のための血管情報に関する基礎的研究.弘前医学,37(5), 1005-1020, 1985.

19)Sasaki,N. and Mikami,S.:Objective recording of blood pressure . X World Congress of Cardiology, Abstract, p.486, No.2816.  Washington, USA, September 14-19, 1986.

20)佐々木直亮:小型携帯用客観的自動血圧測定装置.昭和59年度科学 研究費補助金(試験研究(2))研究課題番号(58870041)研究報告書. 1985.

21)Fukuoka,M., Yamori,Y., Ueno,T., Kodama,S., Parati,G.,  Pomidossi,G., Mancia,G. and Zanchetti,A.:Evaluation of a  new-invasive semiautomatic blood pressure monitoring device.  Clin. and Exper.-Theory and Practice, A9(1), 141-152, 1987.

22)Fukuoka,M. and Yamori,Y.:A proposal for indirect and objective blood pressure measurement in adults. In Prevention of cardiovascular diseases:An approach to active long life. (Editors:Yamori.Y. and Lenfant.C.), pp.127-137, Excerpta  Medica, Amsterdam, 1987.

(日本医事新報,3542,64−65,1992.3.14.)

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