20 りんご花粉症

 

 花粉症とは、花粉を抗原とするアレルギ−性鼻炎であり、I型を主とするアレルギ−学的機序と症状発現の場となる鼻粘膜の過敏性の亢進が主たる病因と考えられている疾患である。I型とは即時性で、免疫学的特異性をもって結合するたんぱく質である抗体としてのグロブリンの一種IgE抗体と、花粉の抗原とが結合してアレルギ−を起こす組織反応と考えられている。

 花粉を抗原として発症するアレルギ−性鼻炎は、欧米諸国では古くから罹患率の高い代表的なI型アレルギ−疾患であったが、昭和25年(1950年)以前には日本国内に花粉症はないといわれていた。昭和36年(1961年)にブタクサ花粉アレルギ−が報告され、それ以後、日本においても花粉症の増加が著しく、現在はスギ花粉のよることが多いといわれている1)。

 花粉の中のりんご花粉についてはどうであろか。

 昭和40年の後半、弘前大学公衆衛生学教室で青森県内農村調査を行っていたとき、りんごの人工授粉作業に従事する人々の中に、くしゃみ、鼻漏、流涙、眼充血などの症状を訴える人がいることを知り、免疫学的にこれがりんご花粉症であることを実証すると共に、疫学的に種々検討を加えて報告した2−5)。

 すなわち、弘前市近郊のりんご栽培に従事する成人218名について、昭和53年3-4月にかけて、問診と皮内反応テストを行った。抗原として、りんご花粉、人工授粉で花粉の増強剤として使用される石松子、そしてりんご果肉を用いた。何らかの症状を訴えた人45名(20.6%)、りんご花粉皮内反応陽性の人16名(7.4%)、何らかの症状を訴え、かつ皮内反応陽性の人11名(5.1%)であった。そのうち確定診断として誘発試験(りんご花粉抗原液によるアレルゲンデイスクテスト)、P-K反応(りんご花粉抗原によるPrausnitz-Kustner反応)テスト、血中IgE測定(RIST)を行った5名の成績を報告した。その結果は皮内反応はりんご花粉にのみ陽性、誘発試験、P-K反応とも全例陽性を呈したが、血中IgEは必ずしも高値ではなかった。それらの症例のりんご栽培歴は20年以上であり、発症まで10年以上かかっていた。これらの結果、りんご花粉症による職業性花粉症と診断した。

 一方、弘前大学耳鼻科外来でもりんご花粉症を疑わせる症例もみられたという。それは昭和49年、青森県りんご試験場で長年花粉に従事する職員にアレルギ−性鼻炎がみられたということであった。また昭和53年3月現在、その治療を行っている患者は5名となり、その中の1名についてアレルゲンテスト及び治療経過が報告されている6)。

 また昭和53年5月1-31日まで、りんご園より約1km離れた地上15mの建物屋上、及びりんご園より約30m、地上4mの2階ベランダで、りんご花粉空中飛散状況が観察され、た。屋上で5月7-30日までりんご花粉空中飛散総数は188個/cm2、1日平均約6.06個/cm2、最高値は5月23日の55個/cm2で、ベランダでは5月4-30日まで飛散し、総数240個/cm2、1日平均8.89個/cm2、最高は5月22日の57個/cm2であった。

 りんご花粉に最も感作されやすい環境にあるのはりんご栽培従事者であろうと考え、昭和53年3月、青森県黒石市在住りんご栽培従事者1,892世帯2,067名、平賀町在住りんご栽培従事者1,484世帯3,173名、合計3,376世帯5,240名について花粉症についてアンケ−ト調査を行った。回収率は35.1%(1,185世帯)であったが、そのうちりんご開花期に鼻アレルギ−症状が発現する人は症状が数年間持続して、りんご開花期になると鼻アレルギ−症状が発現していることが判明した。

 さらに市内の病院で精密検診を行ったが、検診参加者29名中10名がりんご花粉診断用アレルゲンエキス1,000倍による皮内反応陽性であった。

 これらの症例の発作はりんご開花期に一致し、これらの症例の治療にはりんご花粉による特異的減感作療法が有効なことを示した7)。

 日本においてりんご花粉症が初めて診断されたのは青森県内であるようであるが、長野県内での花粉症の調査研究でもりんご栽培者が開花期に鼻炎症状を呈し、皮内反応陽性を認めたという報告もあった8)。

 また弘前市医師会の産業医委員会は昭和59年5月、弘前市農業共同組合の協力を得て、りんご花粉アレルギ−についてのアンケ−ト調査を行ったが、検査の対象者2,456名のうち58.1%,1428名についての結果を分析・検討した結果を産業医研修会で報告した9)。

 鼻、眼、気管、皮膚などにアレルギ−症状を訴える人は、軽重の差こそあれ、624名(43.4%)に認められ、症状の発現は授粉作業開始後、1-2時間から始まって、5時間で最高に達することが多いこと、作業終了後7-10日くらいで症状は消失することが分かった。

 また昭和60年には、その予防策を検討した結果をまとめ、報告した 10)。

 その他、花粉症ではない食事アレルギ−の1つと考えられるりんごアレルギ−の2例の報告があった11)。花粉との交差抗原性についての詳細は不明である。

文献

1)高嶋宏哉:小児保健研究,49,3,1990.

2)沢田幸正,臼谷三郎:日本農村医学雑誌,27,322,1978.

3)沢田幸正:アレルギ−,27,815,1978.

4)沢田幸正:産業医学,20,382,1978.

5)Yukimasa Sawada:Jpn.J.Allergol,29,293,1980.

6)袴田勝他.:日本耳鼻咽喉科学会会報,82,511,1979.

7)袴田勝:日本耳鼻咽喉科学会会報,83,36,1980.

8)加藤英輔,神辺譲:アレルギ−,27,374,1978.

9)佐藤巳代吉:青森県産業医研修会,昭和60.2.23.

10)弘前医師会:りんご花粉公害,昭和61.1.

11)林芳樹,他.:アレルギ−,36,599,1982.

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