4288

東北地方農民の血圧と尿所見特にNa/K比との関係について

佐々木直亮

弘前大学医学部衛生学教室

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English Title for No.4288. Relation of urinary findings, especially sodium potassium ratio, to blood pressure levels in the northeast of Japan.

Naosuke Sasaki

[Department of Hygiene and Public Health, Faculty of Medicine, Hirosaki Univeristy. Director:Prof.E.Takahashi.]

Medicine and Biology.39(6):182-187,June 20, 1956.

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さき1)に東北地方の3カ村民について血圧を観察した結果、東北地方の住民は一般に血圧のレベルが高いこと、その中でも村別にちがいがあることを報告したが、さらに血圧の高い村と低い村の農民について尿所見とともに血圧を集団的に観察する機会をえたのでここに報告する。

 対象と測定方法

 調査対象はリンゴ生産を主とした水田耕作も行う青森県弘前市(旧千年村)狼の森部落(以下A村と略)、および水田単作地帯の秋田県鷹の巣町(旧沢口村、以下B村と略)の中年の農家の主婦で、年齢はA村39-64歳、平均49.4歳(41例)、B村は39-61歳、平均52.1歳(56例)、内6例は旧栄村農民である。A村の血圧測定は昭和31年1月上旬(旧正月前)、採尿は2月下旬、B村は1月下旬(旧正月後)血圧測定、採尿を行った。

 血圧測定はスト−ブ暖房のある室(室温10-20度C)で、臥位、右上膊にて、水銀血圧計を用い、最高血圧スワン第1点、最低血圧第5点により、数回測定して最低値をとった。上膊囲測定は、血圧測定時マンシェットをまく右上膊 中央にて測定した。採尿はA村では午前10時前後、B村では午前10時から午後4時にわたり清浄試験管にとり、研究室にもちかえり1週間以内に測定に供された。尿Na、Kは1:40の割合に純水にて稀釈した資料について、島津製焔光分析装置2)により、Clは尿1ccにつきVolhard-Harveyの法3)にならい、既成クレアチニン(以下Cr.と略)はJaffe法4)により測定を行った。

 結果

 1) 血圧値は夏にくらべ1)、一般に上昇しているが、平均値、高血圧者出現率からみて、両村民間で全く相違し、B村はA村にくらべ血圧は高い。上膊囲には差は認めがたい(表1)。

表1

血圧と上膊 囲(最高血圧150mmHg、最低血圧90mmHg以上を高血圧とする)

       単位   村別     M±m    α   高血圧者出現率(%)

最高血圧 mmHg   A    132.1± 2.65   17.0      14.6

                 B    171.8 ± 4.83  36.2       66.0

最低血圧 mmHg   A     78.4 ± 1.78  11.4       17.0

               B     90.4 ± 2.16   16.2        48.2

上膊 囲  cm     A    24.82 ± 0.29   1.89

        B    24.80 ± 0.29   2.17  

 2)尿Cr.濃度は明らかに相違し、B村はA村にくらべCr.濃度は低い。尿Na,K濃度には差を認めがたいが、Cr.との比をとると明らかに相違し、B村では尿Na/Cr.はA村にくらべ多く、K濃度、K/Cr.はややA村に多い傾向がある(表2)。

表2

尿所見(NaClはNaより計算)

        単位   村別    M±m       α

Cr.       g/l    A    0.962 ± 0.054   0.351

              B    0.650 ± 0.047   0.351

Na      mEq/l    A     203.7 ± 7.50   48.0

              B    199.6 ± 6.87   51.4

Na/Cr.   mEq/g    A     242.1 ± 18.9  121.2

               B    383.0 ± 23.1  172.9

Cl      mEq/l    A    230.1 ± 8.70  55.7

               B   225.4 ± 8.34   62.4

NaCl/Cr. g/g      A   13.48 ± 1.16   7.45

               B   22.15 ± 1.45   10.85

K    mEq/l       A    52.1 ± 3.87    24.8

               B    34.8 ± 2.41   18.1

K/Cr.  mEq/g     A    59.0 ± 4.58   29.3

               B    53.3 ± 2.47   18.6

Na/K  mEq       A    4.72 ± 0.38  2.40

              B    7.14 ± 0.60  4.52

3)血圧と尿所見との相関関係は、尿Na/K比、Na/Cr.、Cr.濃度と有意な相関関係が認められる。(表3)

表3

最高血圧と尿所見との相関関係

                  A(41例)     B(56例)        AB(97例)

血圧と尿Na/K比      0.2198      0.3963*         0.5117**

血圧と尿Na/Cr.      -0.0561      0.3833*         0.4980**

血圧と尿K/Cr.      -0.0046      -0.0985         -0.0949

血圧と尿Cr.濃度     -0.0545      -0.2599         -0.3786**

 

表4

スト−ブ使用年数の比較

村別    無    1-4    5-9   10-14 15年以上 計

A       0     2     7    17     15     41

B     24     18     7     3     4      56

   図 血圧と尿Na/Kとの相関関係 r=0.5117(P<0.001)

 

 考察

 われわれの測定した対象は、東北地方における健康な中年の農家の主婦である。B村のごとく高血圧を呈していて健康とは一見矛盾した言葉であるが、日常生活を健康にいとなんでいる人達であることは事実である。非農家の者や、男子も測定したが例数が少なかったので中年の主婦につての農家の主婦についての成績を整理した結果を報告した。日常生活をしている人達について実際に調査研究することは、公衆衛生の立場から重要なことにちがいないが、また非常な困難もともなうことである。とくに採血とか採尿の条件づけにおいてである。尿所見については今回は1回の測定値について整理した結果を報告した。1日の蓄尿が望ましいが、一方においてえられたものが実際にどれだけ信用がおけるかということも問題がある。今回はCr.排泄量に目安をおいて整理してみた。Cr.の1日排泄量はほぼ一定であり、それは筋肉の総量によりきまり5)、覚醒時にはCr.時間排泄量は尿量には関係せず6)、また寒さによる尿量の増加の際にもCreatinine clearance は変化しなかった7)ということで、これを集団の尿所見の整理に応用してみた。これは高木8)の尿所見から集団的な栄養調査を行おうとするときの考え方と同じであると思われる。A,B両村農民でCr.1日排泄量が一定であるとするなら(高松9)によると農民Cr.排泄量1.3g、労働力衰退の時期になると低下するという)、B村ではA村にくらべ多尿が推定しうる。さらに尿Na,Cl濃度には差が認めがたいが、Na/Cr.は明らかに相違し、B村ではA村にくらべ、多量の食塩排泄が推定される。Kについてはやや逆の関係があり、尿Na/K比をとると、両村の相違、血圧値との関係は一層はっきりする。採尿は時間的にみてやや不定な点があるので、尿Na/K比の日内変動10)も考慮されなければならないが、B村の成績を午前と午後にわけても差は認めがたかったし、また個人についてNa,Kの排泄には1日を通して高度の相関がある11)ことからみて、今回の成績もその意味づけは強められると思う。 秋田県における高血圧症の背景に多量の食塩摂取があることはすでに指摘されている12)。今回の成績でも同様な傾向があることが認めることができる。前にものべたごとく12)、食塩摂取に最も関係があると考えられるミソ汁の食塩濃度にも両村間でやや相違し、何故にB村はA村にくらべて食塩排泄(摂取)量が多いかが問題となる。

 尿Na/K比に血圧と有意な相関関係があることにはいかなる意味があるのであろうか。 Freed & Friedman13)によって低K食が高血圧の低下に効果があるという報告が最近みられるが、これは日常生活には考えられないほどの低K食であり、その効果の実験的な考察には興味があるが、ここではむしろK摂取は、NaClの害を低減しえたという報告14)、前川の理論16)、高血圧の出現は水田面積の多少より、畑作面積従って野菜摂取量の多少と逆の関係がある17)ことが考慮されなければならない。近藤18)が食生活上関係がありと指摘した食品は、その食品の分析結果19,20) からみると、Naに比しKは優勢であり、青森県における食生活上特徴のあるリンゴの分析値にも同様な傾向があることは興味深い。

 いわゆる労働をくらべてみると、A村ではリンゴ生産を主とするが、農繁期には水田作業を行うのであり、激度については十分検討されていないが、あまり相違はないのではないかと思われる。また中学生でも高血圧の傾向を示している1)ことから、その地域の生活によって支配されているのではなかろうか。スト−ブ暖房(冬の室温は20度C付近である)5年以上経過すると、冬いろり暖房(室温は10度以上になることは殆どない)の群と血圧値にも、血圧の夏冬の比較にも相違があることを認めたが21)、このA、B両村にも表4のごとくスト−ブ普及状況は全く相違している。食塩に対する嗜好には夏冬相違はないという報告22)もあるが、緒方23)や、吉村24)の観察、ミソの食塩濃度の地域差12)、国民栄養調査によるミソ摂取の年間変動があるという成績からみても、気温の低下による摂取熱量の増大25)とともに考慮されるべき事柄と考える。

 結論

 東北地方で血圧値のレベルの相違する2カ村の中年の主婦について尿所見とともに集団的に比較検討した結果、血圧の高い村は尿クレアチニン濃度は低く、Na/Cr.(Nacl/Cr.)は多く、K濃度、K/Cr.はやや逆の傾向があり、血圧と尿Na/K比との間には有意の正の相関関係があるのを認めた。この両村間の血圧、尿所見の相違は、冬の温熱環境を左右するスト−ブ普及状況と関係があるのではないかという点について考察を行った。

 高橋教授の御校閲に感謝し、御助力をいただいた秋田県鷹巣保健所の方々に深謝する。

 1)高橋,佐々木,武田,伊藤:本誌、37(6),209-211,昭30. 2)Hald:J.Biol.Chem.167:499-510,1947.  3)藤井:生化学実験法,南山堂,東京,昭21.60頁. 4)斉藤:光電比色計による臨床生化学検査,南山堂,東京,昭28.109頁. 5)吉川:臨床医化学:II臨床編,協同医書出版,東京,昭24,136頁. 6)佐藤:労働科学,28( 12),869-875,昭27. 7)Baker,Eliot&Bass:Fed.Proc.8:7,1949. 8)高木,増田:労働科学,31(9):613-620,昭30. 9)高松:労働科学,31(6),349-370,昭30. 10)Traverse,de et Coquelet:Compt.rend.Soc.Biol.146:1099-1102,1962. 11)Mills&Stanbury:J.Pysiol.117(I),22-37,1962. 12)佐々木:本誌,38(6):187-190,昭31. 13)Freed&Friedman:Science,112:780,1950. 14)Burns,Cravens&Phillips:J.Nutr.50:317-329,1953. 15)McQuarrie,Thompson&Anderson:J.Nutr.11:77-93,1936. 16)前川:臨床の日本,1(3):208-210,昭30. 17)伊藤:日本衛生学雑誌,11(1):76-78,昭31. 18)近藤:日本臨床,10:992-996,昭27. 19)遠藤:慶應医学,16:2069-2074,1936. 20)小川:本誌:36(1),5-9,昭30. 21)高橋,佐々木,武田,伊藤:日本衛生学雑誌,11(1):53-54,昭31. 22)妻鹿:大阪大学医学雑誌,3(1):23-35,昭26. 23)緒方,那須,原田,鴨田:Jap.J.Physiol.,2(4):303-309,1952. 24)吉村,飯田,小石:Jap.J.Physiol.,2(4):310-315,1952. 25)Johnson&Kark;Science,105:378-379,1947.

(受付:昭和31年4月23日)

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