食塩覚書(その3):新聞は何を伝えてきたか

 

 食塩についての新聞記事というと、昭和34年の医学会総会のとき報道された記事のことが思い出される。

 それは四年に一度の医学会総会が東京で開催され、そのことを伝えた記事(朝日新聞、昭34.4.4)に「高血圧に塩は無関係」と報道されたからだ。

 千葉の福田篤郎先生が秋田農民で尿中の食塩排泄量と血圧とが相関しないという研究による論拠であったが、その発表を記事としたと思われる。

 昭和34年というと29年に高血圧の疫学的研究を開始し、それから高血圧と食塩過剰摂取との関連についての研究成果をいくつか発表していた私にとっては、この記事を見逃すわけにはいかなかった。

 続いて福田教授は、診療(15,1476,昭36)に「脳卒中頻度の地方差と食習慣」と題し、食塩過剰摂取説の批判をされた論文を発表された。

 「戦前から食塩について生理学的研究をつみかさねられている同教授の長年にわたる経験からいわれる批判に対して、さらに批判を加えるだけ私の研究は充分でないことを承知しているが、私の論文を引用していただいていた関係もあるので、いささか所見を述べてみたいと思うのである」と「批判の批判」の論文を書いた。(日本医事新報,1956,10-12,昭36)

 その中で総会の発表を伝えた新聞記事にのっていたような「高血圧と食塩とは無関係」を強調したのではなく、先生は「そこに因果関係を目下見いだされないといっておられると思う」と書いた。また同教授からの私信によると「食塩と高血圧との関係、私もかって絶対的なものとして報告もして来ましたが、統計的にみた相関、実験的な因果関係、いずれも特殊な場合に限られ実は弱っておるところです」と書いておられるところからみると、同教授は食塩過剰摂取説を必ずしも否定はされていないものと思われるとも書いた。

 この「批判の批判」の論文の中で言いたかったことを私なりに一言でまとめれば「生理学者としての立場と疫学者としての立場」であったと思う。

 しかし「新聞に掲載された記事」はそれなりに「一人歩き」するものだと思う。

 まして当時科学的な記事の内容については最も信用がおけるものだと考えられていたと思われるその代表的な新聞が伝えた記事、それも標題の大きな活字で書かれた新聞記事はどのように一般の人々の頭に入るものなのか。学者は論文が命だと思うが、一般の人々はそうはいかないと思う。

 そこで「新聞は何を伝えてきたか」その中で「食塩」について書いておこうと思う。

 衛生学の講義のとき当時はテレビもなかったので、新聞記事から「健康問題に日頃関心をもってもらいたい」「どのような健康問題を意識したか」との講義を展開したこともあり、親ゆずりの自分の趣味もあって「新聞のきりぬき」をつづけてきたから。

 

 昭和29年に弘前にきてからの新聞記事の中で「食塩と健康」についてのものは、ほとんど従来の教科書流の解釈にたっての記事であったと思う。

 地元のみそ・しょうゆ・つけものについて、それらの製法・栄養価値、例えばみそは「良質の蛋白源」(昭37)「あきない味優れた栄養」(昭37)がみられる。

 ところが私の展開した研究によると、従来の教科書等に書かれたこととは合わない研究結果であったのだ。

 私が「各地で市販のみその分析値から東北地方は関西地方に比べて食塩濃度が高く教室で用いはじめた中年期脳卒中死亡率とその濃度は比例して高い」という成績を得て31年2月18日に開催された弘前医学会例会に発表したとき、陸奥新報(昭31.2.22.)は「卒中おこす?ミソ」「塩辛いほど多く死亡」「寒さにつれて塩も濃い」「佐々木助教授が調査」と出た。

 それまで地域で始めた血圧測定成績、中年期脳卒中死亡率の地域差、血圧の夏冬の季節差、また地域差、冬の暖房の問題とからむ住生活との関連の新聞記事は出ていたが、「食塩」との関連が出たのはこの時が初めてではなかったかと思う。

 つづいて産経新聞(昭31.9.19.)は「東北人は血圧が高い」「四十台から急に上がる」「弘大佐々木助教授集団調査から判明、近く学会へ」、また東奥日報(昭31.12.10)には「食塩と高血圧・とる量で高低・鷹巣と狼森の比較・温熱にも関係・弘大教授の研究と今日の話題」に出た。河北新報(昭32.4.7.)弘前発「塩分とり過ぎると・高血圧になりやすい」と出た。読売新聞(昭32.4.9.)「脳卒中:ミソ・つけ物に原因・食塩のとり過ぎが悪い」「弘大医学部衛生学教室が調査」と報道された。

 また朝日新聞(昭32.9.9.)は「脳卒中は寒地に多い」「米誌が佐々木教授の研究を紹介」「塩分のとり過ぎから」と出た。河北新報(昭33.1.11.)には「東北地方に多い脳卒中・四国の二倍以上・総合開発でも対策取上げよ」と私の原稿が掲載された。

 昭和33年4月に第28回日本衛生学会総会が熊本で開催されたとき、「高血圧の疫学」の初めてのシンポジウムに出演したが、その時の記事は毎日新聞(昭33.4.9.)は「りんご高血圧予防にいい・佐々木弘大教授の研究」と大きく報道され、また私の話として「東北地方に特に高血圧者が多いのはミソやツケ物による食塩の過剰摂取からと考えられる。私の研究は食塩によるこの害を打ち消すためにはじめられたもので、リンゴの中にはカリが含まれており、リンゴと血圧の関係についてはこれから解明したい」と記載されている。 私の発表は「食塩の過剰摂取が第一に問題だ」と指摘した内容であったが、新聞紙上にはリンゴを大きくとりあげていた。この報道は国際的にも広く伝えられたらしく、外紙にも「リンゴを毎日一個食べると医者を遠ざけるという諺があるが、日本のドクタ−ササキの研究によって医学的根拠をもった」と報道された。

 同学会の記事として東奥日報(昭33.4.9)には「高血圧にリンゴが効く・弘大佐々木博士発表・日に三つ以上食えば」と報道された。これはわれわれの横断的疫学的調査の中でリンゴの摂取状況を「食べない・日に1-2個・3個以上」と分けて血圧水準を比較したら多く摂る方に血圧が低かったという成績を述べたことについての報道であった。

 つづいて開かれた昭和33年5月に開催された弘前医学会総会での特別講演の内容は東奥日報(昭33.5.24.)は「食住の改善で防げる」「脳卒中佐々木弘大教授が発表」と報道された。

 それ以来昭和34.35.36.37年と食塩・りんごと脳卒中・高血圧との関連の疫学的研究が展開され、学会発表が続く中、食塩過剰摂取の害、りんごは何故効果があるのかについて「ナトリウム過剰の害をカリウムが保護する」というわれわれの見解を、各新聞紙は報道している。「リンゴと脳卒中:りんご地帯は少ない」(朝日35.3.20)「脳卒中と食物:塩が死亡率と関連」(35.9.6.)「リンゴは何故高血圧に効くか:ナトリウムに対するカリの保護作用」(朝日37.8.6.)がでている。

 また社説「成人病対策について」東奥日報(35.9.23.)に、社説「佐々木教授の研究成果」陸奥新報(昭36.11.4.)に衛生学教室の成果を引用して論説している記事が出ている。

 昭和39年第34回日本衛生学会総会(京都)における次期学会長としての「生活と高血圧」の特別講演、在外研究帰国後の「食塩と血圧・多量摂取は高血圧のもと・一日五グラムが適正」(昭41.12.31.)、社説「成人病予防週間に思う」東奥日報(43.2.4.)、ロンドンで開催された第6回世界心臓学会での「高血圧の成因」に関するラウンドテ−ブルへの発表の時は「脳卒中を世界学会で講演・弘大医学部佐々木教授・塩分の摂取量に原因・15年間の記録公表」(昭45.8.22.みちのく通信)、「塩と血圧を解剖する」(東奥日報昭45.7.連載)、「日本列島慢性食塩中毒論」毎日新聞(昭47.8.14.)、「日本人は食塩のとり過ぎ、常識一日15グラムは疑問」東奥日報(昭48.4.11.)と日本人の栄養所要量への疑問を札幌での衛生学会へ発表することを伝えている。これは「食塩覚書その2」に述べたことへと続く話題であり、それまでつづく「わが国での食塩摂取の常識」への疑問を学会報告した発表を伝える記事であった。

 「ベビ−フッドからの食塩追放」が初めて報道されたのは山陽新聞(昭44.10.30.)、横井庄一さんの孤独の「無塩」の生活の医学が昭47年に、また朝日新聞(昭47.10.27.)は「中年からの医学」の連載記事の中で「うす味が健康のもと」と書いている。「胃癌と食塩」との関連の記事、また「高血圧に塩分追放」の記事が昭和47あたりから散見されるようになった。

 食品の塩分表示を義務化:米国「高血圧退治の一環」と私のコメントと一緒に報道されたのは(朝日新聞昭59.4.19.)であった。 

(弘前市医師会報,266,70−72,平成11.8.15.)

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