ヨハン・シュトラウス二世
Johann,Strauss(Sohn)
1825ウイーン-1899同地
ヨハン・シュトラウス一世の長男で「ワルツ王」と呼ばれる
幼少では父の反対で音楽教育を受けることは出来なかった
母親の理解で、密かにヴァイオリンを習い、既に6歳でワルツを作曲していた
1844市の許可を得て15人編成のオケでデビュー。父の妨害にも関わらず人気が出て、父の楽団のライバルになる
no.2ウイーン市民軍楽長に任ぜられる
1849父の死後、父の楽団も指揮することになり多忙を極める
1853疲労で倒れ、それをきっかけで弟のヨーゼフも楽壇に入る
1863宮廷舞踏会楽長に任ぜられる
1865-70ワルツの名作が次々に作曲される
1874オペレッタ「こうもり」で歌劇の世界も制覇
祝福された晩年を過ごす
ワルツ168、ポルカ117、カドリーユ73、オペラ16曲あまり作曲
ワルツを一娯楽音楽から芸術音楽の世界まで高め、今なおワルツにより世界中の人々に幸福を与え続けてる
ワルツ
歌劇・ポルカ等
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